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「烏野、やっぱここにいた。クラス展示のステンドグラス手伝って」
突然、書道室に白シャツに黒のスラックスという制服姿の男子が入ってきた。
「わっ!」
教室に一人きりでいた私は、突然声をかけられて驚きのあまりビクンと肩が上がってしまった。
そのせいで、最後の文字の月の左はらいが歪んだ。
「あ。わりぃ……」
その男子は、顔の前にゴメンと手をやって、眉を下げた。
「ううん。いいよ、練習だし」
私はそう言いながら、再び筆をすすめて月を最後まで書ききった。思いがけない来客、しかもそれがクラスメイトの大山くんだったから、私は動揺を隠すことができず、呼吸が乱れて左はらいの続きも不恰好になってしまった。
ドキドキしていることを悟られないように、私は不出来な"花鳥風月"を眺めて「下手くそだ」と呟く。
そんな私の気持ちにお構いなしで、大山くんは「すっげ! さすが書道部、上手いな」と、胸の前で腕を組んで頷いている。
「これが? 全然でしょ……」
私はそう言いながらも、正直ちょっぴり嬉しくて緩んでしまいそうな唇にキュッと力を込めた。
誰に対しても変わらない態度。
惜しむことなく見せてくれる満面の笑顔。
裏表がなくて人懐っこいから、大山くんは男女問わずクラスの人気者だ。
それに、グループで仲良くしている桃香は、大山くんを狙っている。
――『茜、協力しくれる?』
つい先日、私を試すようにそう言った桃香の顔が脳裏をよぎる。
高揚していた気分が一気に急降下し、墜落した。
――『うん……もちろん』
あの時、そう答えた私はどんな顔をしていたかな。
ちゃんと上手く笑えていたかな……
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