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「烏野?」
大山くんは、何も言わなくなった私を怪訝に思ったのか、小首をかしげて様子を伺ってくる。
「ゴメン、何でもないよ」
鼻の奥がツンと痛んだけど、私はグッと堪えて慌てて答えた。
そしてそれと同時に、ブーブー……と、大山くんのスマホのバイブ音が鳴り始めた。
大山くんが「あ」とズボンのポケットを触る仕草をした後「わるい」と私に言ってから通話を始める。
私は、その電話に救われた。気持ちを切り替えるために、大きく息を吸い込んで、深呼吸をする。
『お前、どこいんだよ?』
電話の向こうから怒っているらしい男子の声が聞こえてきた。
大山くんは、私に向かって悪戯に笑いながら「わりぃ……すぐ戻るから」と電話の相手に返事をすると、相手がまだ何か話している途中なのにスマホの画面をタップして通話を終了させた。
「片付けておくから、戻ったら?」
私がそう言うと「大丈夫、大丈夫。でも、片付けよっか」と大山くんは笑った。
そして、墨汁のボトルを手に持ち、さっき私がやったように硯の中の残った墨を吸いあげようと格闘する。
「あれ、なんか逆に増えた……ムズイよこれ……」
そうこうやっているうちに、大山くんは、ボトルの吸い口に出来た水泡を破裂させて、白いシャツに墨汁を飛ばしてしまった。
「あ」
「げ!」
右の肩の部分に五ミリ程度の黒い染みが二つ。他にもごぐごく少量の染みが何個か出来てしまっている。
私が悪いわけではないのに、何故だかすごく申し訳ない気持ちになった。
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