2、不気味さを纏うアリス

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2、不気味さを纏うアリス

 この街にこんなにアリスのコスプレが似合う子がいたのかとあっけに取られてしまったあたしは何とか正気を取り戻して、動揺を隠していらっしゃいませと挨拶を返した。  ファミリアの制服に負けず劣らずの派手のドレス姿をしている少女をあたしは席へと案内して、おしぼりと水と一緒にメニュー表を差し出した。  腕から紙袋を下ろしテーブルに置く少女。  飼い主に懐いているのか、手乗りしていたセキセイインコはテーブルに乗ってくるくると視線を動かしながら回っている。何とも愛らしい。  さざなみ模様がない辺りを見て恐らく品種はオバーリンだろう。口ばしは黄色く鮮やかな空色の毛色をしていて、とても柔らかく肌触りがよさそうだ。 「どうぞ、ご注文決まりましたら何なりとお申し付けください」 9ec8e442-1151-492d-bed5-737fc2e527b5  あたしがいつも通り丁寧に対応をすると、その少女はクスクスと不敵な笑い声を上げた。  そして、視線を上げると特徴的なオッドアイの瞳があたしを見つめていた。  深みのある宝石のような瞳。欧米人の特徴と片付けるには、どうにも腑に落ちない力強さだった。 「そうね、キノコクリームドリアとコーンポタージュスープ、それと食前にクリームソーダをお願いできるかしら?」 「かしこまりました」  落ち着きがあって丁寧な言葉遣いで、中学生くらいの外見にしては少し大人びて見えたから警戒してしまったが、何とも年相応の注文内容だった。  早速、フレッシュなクリームソーダを出して上品にストローで飲み始めると、その横顔は愛らしく、絵になるような幻想的な光景に見えて微笑ましくあたしは思った。  泡立つ緑色の液体、雪のような白さでグラスの上に乗っかるアイスクリーム。これから訪れる夏の季節を連想させる爽やかさをしたクリームソーダを、先程までのピリ付いた雰囲気とは違い、微笑みながら少女は飲んでいた。  麦わら帽子を被り、海の家で飲んでいれば、さらに色濃く印象的な光景となっただろうと思い、少し惜しい気持ちになった。  あたしは緊張を解き、厨房に戻ってエプロンと手袋を着けた。  長い間、このファミリアで働いていれば時々変わった人が来店することはある。  これ以上、気にするのは止めてあたしは業務に集中することにした。  慣れた手付きで調理に入り、十分足らずの間に料理が出来上がると、素早くエプロンと使い捨て手袋をゴミ箱に放り捨て、料理の乗ったトレイを手にテーブルに戻った。    四人用テーブルに一人座る、糸のようにきめ細かいゴールデンヘアーをした不思議な少女。  混雑する時は配膳ロボットを使用するが、お客様が少ない時はこれも誠意あるサービスであると意識して、丁寧に自分達で配膳している。  湯気の上がる料理をテーブルに置くと、さらに食欲をそそる甘いコーンポタージュスープの香りがこちらにも漂ってくる。 「お待たせしました。キノコクリームドリアとコーンポタージュスープになります。ご注文は以上でお揃いですか?」  あたしがそう言うとアリスは小さく頷いた。 「それでは、ごゆっくりどうぞ」  そのまま無駄口を使うことなく立ち去ろうとするが、そんなあたしを少女は静止させた。 「いいじゃないの、他に誰もいないんだから少しくらい相手をしてくれても」  少女はスプーンを握り、顔を伏せたまま言った。  顔色が見えない、笑っているのか泣いているのか怒っているのか。  小さく何度も跳ねる肩に乗ったセキセイインコが気になってしまうが、それどころではない。  声色だけを聞けば、構って欲しがっている普通の乙女に感じたが、そうではない危険なアンテナがあたしの胸の奥に警告を告げているような気がした。 「相手……してくれないのかしら?」  返答できないでいると再度言葉が続けられ空気が凍る。時間が止まったような感覚を覚え、身体までも硬直しそうな緊張に包まれると、あたしは我慢の限界を迎え、少女に従うことに決めた。 「分かりました。でも、他のお客様が来店されたら、優先してそちらの接客業務に戻りますからね」  大人しくあたしは椅子を引いて正面の席に着席する。少女はそれを見て満足したのか微笑んで顔を上げた。 「ふふふふっ……話しが分かるようで安心したわ。  でも、残念だけどここには他のお客さんは来ないわよ」 「えっ……? どういうこと? OPENの札は付けているでしょう?」  ゾッとするような事を突然言い始める少女。  あたしが当然のように疑問を投げかけると、少女はそれにまるで動じることなく言葉を返した。 「そういう事じゃないのよ、水原舞。  私はアリス、あなたのお姉さんと同じ超能力を持った魔法使いなのよ。  だから、この周辺にはすでに結界を掛けてある。  私がいる間は何人たりともここには入れないわ。  だって、せっかくの談笑を邪魔されたくはないもの」  まるで言っていることが分からない、意味が分からず頭痛や眩暈がして頭が真っ白になる。  だが、言葉に出来ない恐怖感がじりじりとあたしの心を抉って来るのだけは分かった。
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