4、不吉なるものの足跡

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4、不吉なるものの足跡

 十分言いたいことを口にしたからか、満足した様子でアリスは立ち上がった。  肩に乗ったセキセイインコは最後まで愛嬌を振りまき、あたしの感情の変化など気にも留めない様子だった。 「ちょっと、訳分からないことばかり言って、もう行くの?」 「もちろん、料理は全て平らげさせて頂きましたから。  本当にあなたという人は努力家ですね。  修練に耐え身に付けた腕は決して無駄にはなりません。  確かにあなたの人生はあなたのものです、血の定めに従う必要もないでしょう。あなたが進む道はあなたが選び、切り開けばいい。  美味しかったですよ。この作り物の肉体を持っていることを愛おしく思うほどに。  せっかくですので、お代と一緒にこれを差し上げます」  ずっと会話していたのにどうしてそんなに綺麗に食べられるのかと疑問になるほど、キノコクリームドリアとコーンポタージュスープはアリスの手によって完食されていた。 「これは……?」 「魔法使いと繋がる世界。そのレプリカですけど。  ゴッホのひまわりやモネの解氷も飾られているようですから、一緒に飾ってあげるのがいいでしょう」  エルガー・フランケンの空中絵画。それが一枚のキャンパスとなって映し出されている。  今年の4月に披露された作品だが、こうして額縁に入れられた絵画としてみると、つい最近の事のように感じるほどに新鮮な感覚を覚える。  中央に大きく描かれた黒いローブを羽織り、杖を持った怪しげな魔女と、その周辺に守護獣のように描かれた14体の動物の姿が独特なきめ細かなタッチで描かれている。  これが空中絵画が披露される前の事前段階で制作されている絵画であることはあたしでも知っていたが、限定品であるにもかかわらず、わざわざ手に入れて持参してくる意図は分かりかねた。  それにエルガー・フランケンが知枝と光のクラスメイトである黒沢研二であることをあたしは知っている。唯花先輩が出演していたドラマで共演していたことも。そのせいで好感を持っていないだけに、作品を美しいとは思っても欲しいとは思ったことはない。  絵画が好きな店長夫婦なら喜ぶかもしれないが、突然お客様から手渡されても受け取るわけにはいかないのが店員側だ。 「ですが、こういったものを渡されても受け取ることは出来ません」  あたしははっきりと言葉を返す。だが、アリスはまるであたしの言葉を気にしていない様子で絵画をテーブルに置いたまま入口まで向かっていく。 「そんなことよりも、お持ち帰り用のケーキを貰えますか?  教会で頂く食事はどうも味気ないものばかりですから」  仕方なくあたしはアリスが選んだケーキを箱に入れ袋に入れて手渡す。  アリスがケーキを受け取るとセキセイインコは頭の上でぴょんぴょんと跳ねていて、まるで喜んで感謝を伝えてくれているようだった。 「愛らしいでしょう? この子は人懐っこいんですよ」  頭にセキセイインコを乗せたまま、まるで気にする様子なく言うアリス。 「あなたみたいな変わったお客様はそうそういないわよ」  もう訳が分からなくなり、あたしは諦めの境地で言い放った。 「それはまぁ、所詮は人間の真似事、これも一つの戯れ事ですから。  知枝にはいずれ大きな試練が訪れるでしょう。  その時にあなたがどのような決断を下し、力に加わろうとするのか。  興味深く見守っていますよ、水原舞……いえ、アリスの子らよ」  スカートを翻して、頭に乗るセキセイインコと共に颯爽と玄関扉を開き、風のように消えていくアリス。 「魔法使いと繋がる世界……魔法使い…か……」    同じ家に暮らすようになった知枝の影響を受けて光も少しずつ変わっている感覚がある。  超能力を使える知枝のことを魔法使いと呼ぶのは違和感があるけど、それも段々と違和感を覚えてなくなっている自分がいた。  不吉な雰囲気を纏ったアリス。  不思議な出会いに遭遇してしまったと、あたしはテーブルに残されたエルガー・フランケンの絵画を手に思った。
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