11.旅立ち

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11.旅立ち

 レニエが、懐に隠していた銃を取り出しレジナルドに向けて放った。  ダグラスが、レニエの手から銃を取り上げ今一度強く縛り上げる。  執事や騎士達が「医師を……!」と駆け出した。  カレンは、倒れるレジナルドに青褪めた顔で震えながら寄り添う。   (また、足がっ……)  前世――片足が不自由になった一樹を思い出す。  事あるごとに『申し訳ない』と話し、とても苦しそうだった。  その事が悲しくて、笑顔になってくれたらと馬鹿な冗談を沢山言った。  彼は仕方なく笑ってくれていたけれど、空元気に見えていたのかもしれない。言葉に出来ない想いが、澱のように積み重なり――二人には、お互いどれほど想い合っても、どうしても理解し合えない隙間が出来た。  『すまない』と、泣きながら何度も謝っていた彼の顔が思い浮かぶ。  謝ってなど、欲しくはないのに。  レジナルドが痛みを堪えながらもふふっと笑う。  そして、震えるカレンの頬に手を伸ばした。 「……大丈夫だ、心配するな。足が不自由な生活は、慣れてるじゃないか」  カレンは、レジナルドの手に頬を寄せながら涙を流した。 「……そんな事、言わないで。貴方が辛いのが、私は一番悲しいの……」  もしかしたら前世でも、こうして涙を流せばよかったのかもしれない。  そこでふと、ある事に気が付く。 (……そうだわ、治癒魔法!)  自分程度の魔力では治せないかもしれない。  けれど、治癒魔法に必要なのはコントロールだと彼が言っていた。  彼の足に、意識を集中させる。  レジナルドは、敏感にその気配を察し、制止の声を上げた。   「――待て! 無理をすれば、魔力が……もう二度と、魔法が使えなくなってしまうかもしれない」    カレンは、口元を微笑ませ、首を横に振った。 「私、昔何度も神様に願ったの。貴方の足を、治してあげられる力をくださいって――貴方を、愛しているわ」  カレンは、歌を歌った。  これまでの、全ての愛しい記憶を思い出しながら。  呼応するように光の粒が舞い、二人を包む。  そして歌が終わると、シャンパンの泡が弾けて空気に溶けていくように、いつの間にか消えてなくなっていた。    ◇◇◇  結局、カレンは両陛下の前で歌う事だけは出来た。  けれど、レジナルドの予測通り、治癒魔法は使えなくなっていた。    それから、まるっと一年。  今、カレンは汽車に乗ろうとしている。 「――忘れ物はないか?」  レジナルドは、カレンの隣に立っている。少し傷跡は残ったものの、両足でしっかりと。カレンの起こした奇跡が、そこにはあった。 「はい。留年させて頂いて、ありがとうございます。お陰で、自分の力で留学する事が出来ます」  年齢制限があるアカデミーの中で、唯一例外がある。  それは、〝留年″。  カレンは意図的に卒業を先延ばしにし、留学させて貰えるに十分な実績を地道に残していった。レジナルドは、苦笑する。 「留年させて礼を言われるのもな――お父上には、本当に会わなくて良いのか?」  カレンは、コクリと頷く。  父ダグラスとは、引き続き距離を取っていた。  心に残る傷は、簡単に癒えるものではない。けれど、手紙をやり取りし、少しずつ距離を縮めている。それに、レジナルドがダグラスの飲み仲間になってくれたので、レジナルドを介して近況を報告し合えている。彼には苦労を掛けて申し訳得ないが、その距離感がちょうど良い。  レニエは、一連の騒動の罪を問われ、北方の修道院に送られた。  レニエに銃を渡したと言う隣国ルメリアの第三王女イザベラも然り。  国に戻され、罪を償っている。悲劇は、繰り返されずに済んだ。  カレンの留学先は、ルメリアからもう少し南にあるアリアーノに変更された。かの国の使節が王城でカレンの歌を聞き、ぜひ我が国にと声を掛けてくれたのだ。ルメリア程大きくはないが、芸術への造詣が深く伝統ある国だ。  カレンは、やって来た汽車に乗り込む。  そして、レジナルドから荷物を受け取り、不安げに尋ねる。 「……待っていて、くださいますか?」  一年。彼とは、沢山話をした。  前世思っていた事から、今世ではどうしていたのか、包み隠さず全部。  夫婦とは、不思議なものだなと――カレンはつくづく思う。  お互いの幼い頃など知る筈もないのに、彼と話しているとつい子どもの頃の自分に戻ってしまう。欠けている事、余分な事が却ってちょうどよく、旧い友人であり、心強いパートナーであり、毎日ときめかせてくれる恋人でもあった。  レジナルドは、肩を竦めて見せた。 「それは、約束出来ないな」  ドキリと胸が跳ねる。それは、そうだ。彼にだって人生がある。  これは失恋の旅にもなりそうだと思っていたら、レジナルドに手を引かれた。  気が付けば、唇同士がそっと重なり――ゆっくりと離れた。 「アリアーノに、新しくホテルを建設する事になったんだ。研究は個人的に続けるつもりだが、アカデミーは辞任し、これからはホテル事業に専念しようと思う。また、君をスカウトしに行くから、歌いに来てくれるか?」  レジナルドは、少し照れた顔で笑う。  カレンは暫しの間茫然としていたが、すぐに同じ顔で笑った。  最近は――前世の姿が重なる事も少なくなった。  カレンとレジナルド。新しい二人の物語が、気がついたら、もう始まっていたから。
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