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9.事件の真相
噂の歌姫〝月の女神″が、実はルブラン侯爵家のご令嬢だったと言う話は、すぐに社交界中に広まった。あの『喪女』がと、今の彼女を知らぬ人々が口々に噂をする。国王陛下は自分だけでなく、貴族達も歌を聞く事が出来るよう一席設ける事を決め――カレン・ルブランを呼び出した。
カレンは、登城の準備を済ませる為、久しぶりに自宅を訪れる。
レジナルドは、心配だからついて行くと言ってくれたが――出来る事なら、自分の力で父を説得したかった。しかし、家に父は居らず、代わりに別の人間がいた。
「やあ――おかえり」
「どうして、貴方がここに……」
レニエ・ベルフォール。彼は、あろう事かカレンの自室にいた。
彼は、悠然と微笑む。
「何故って、決まってるだろう? 僕らの婚約証書を受け取りに来たのさ」
「……何を、言っているの?」
レニエの前に、一枚の用紙がある。彼は、コンコンとそれを爪で弾いた。
「ここにサインしてくれれば良い。言っておくけど、これは君の父上も了承している話だ。この邸宅の者は、随分と前から僕を正式な婚約者として扱ってくれているし――ああ、これも」
レニエは、懐から1本の金色の鍵を取り出す。それに見覚えがあり、カレンは血の気が引く思いで咄嗟に踵を返した。けれど、部屋の扉は外から施錠されてしまっていた。それでもと、カレンがガチャガチャとノブを押したり引いたりしていると、いつの間にか背後に来ていたレニエに腕を取られる。
「――嫌っ! 放して!」
「良いから、来るんだ!」
引き摺られるようにして、自室の隅にある小部屋に押し込められる。
小さな窓から、微かに零れる光。
幼い頃から、何度も閉じ込められていた場所。
身を竦ませていると、無情にも扉は閉められた。
カレンは、ドンドンと内側から扉を叩く。
「出して! お願い! 私、行かなきゃいけないの!」
「心配しなくても、婚約証書にサインをすれば出してあげるよ。少し、そこで頭を冷やすと良い」
カレンは、成す術もなく――その場に崩れ落ちた。
◇◇◇
レジナルドは誰もいないホテルのサロンで人を待っていた。今頃、彼女は自宅に帰りついている頃だろう。時間を気にしながらカウンター席に腰掛けていたら、ふと、気配に気が付く。立ち上がって一礼し、その人を迎えた。
「ルブラン侯爵閣下」
ダグラス・ルブラン――高く大きな背丈に、カレンと同じ漆黒の髪と瞳。
彼女の透けるような白い肌も、もしかすると、父親譲りなのかもしれない。
彼は、懐から一通の封書を取り出し、レジナルドの座るカウンターのテーブルの上に置いた。
「……話とは、何かな?」
レジナルドは、ダグラスに席を進める。ダグラスは着席し、少し強めの酒を注文した。レジナルドは、端的に話し始める。
「奥方と、ご嫡男の事件について調べました」
「……それで?」
「犯人は、現国王陛下の実弟――ルードヴィヒ・アルヴェール様でいらっしゃいますね?」
「――……!」
ダグラスは、驚いた顔でレジナルドを見る。
レジナルドは、真っ直ぐな瞳でそれに答えた。
「大丈夫です。ここは、私の所有する宿屋です。誰も、ここでの話を聞く事はありません」
「ならば、お前が噂の……」
「ええ。アカデミー長であり、『噂の』宿屋のオーナーです」
レジナルドがふっと微笑めば、ダグラスは状況を飲み込むように黙す。
そして、ボソリと告げた。
「――娘が、世話になっている」
レジナルドから見る彼は、本当にただ不器用な男と言う印象だった。
レジナルドは、手に入れた銃の製図を元にその製造元を探った事を話した。
この世界の銃は、魔晶石を動力にしている。
鉱物と魔道具の専門家であるレジナルドになら、そのレベルの魔法式を刻める魔晶石がどこで採掘されるものか、予測するのは難しくない。そして、それが隣国ルメリアが所有する鉱山だったとわかり――そこからさらに調査を進めた結果、多少憶測も交えるが事の真相が見えて来た。
当時、ルメリア王国王女との結婚が決まっていたアルヴェールの第二王子――ルードヴィヒは、カレンの母に一方的な思慕を募らせていた。
そして、いざ自身の婚姻が決められそうになった時、ダグラスが不在の瞬間を狙って奇襲をかけるに至る。そこには不運にも、二人の子も同席していて、一人が共に命を落とす。しかし、結局自身は死にきれず、その身は拘束された。
通常ならば、二人も人間を殺めておいて、無罪放免などありえない。
けれど、犯人が王子であった事――そして使われた拳銃が、結婚の約束をしていた隣国ルメリアの王女が違法に入手していたものだった事から、全てが拗れて言った。
「両国とも、我が子の罪を隠そうとしたのですね」
ダグラスの額に青筋が浮かぶ。その様子を見るに、レジナルドの憶測は概ねあっていたようだ。ルードヴィヒは、療養を理由にルメリア王国に身を寄せている。恐らく、事実上の国外追放と幽閉という所だろう。しかし、王家の威信は保たれた。
レジナルドは、なるべく落ち着いた口調で尋ねる。
「……いつ、真相に気が付かれたのですか?」
「……あの子が、デビュタントを済ませた頃だ。陛下に直訴したよ。そしたら『今更蒸し返すな』と言われた。そして、『恋に狂った愚かな男だと思って欲しい』と……。笑えるだろう? あんな男に、長年忠誠を誓っていたなんてなっ!」
ダグラスが、グラスごとダンッとテーブルを叩く。
レジナルドは、続ける。
「幼い頃、ご令嬢を小部屋に閉じ込めたのは、彼女の身を守る為ですか?」
ダグラスは、少しの間沈黙し、俯いたまま答えた。
「私は、妻と息子の死を事故だと信じた事はなかった。もし、私への何らかの恨みなら……次はあの子だと。だから、魔法の砲弾でも貫けない強固な部屋を作り、魔獣の討伐などでどうしても遠征しなければいけない時は、そこへ……」
恐ろしかったのだろう。
少し目を離した隙に、また失ってしまうかもしれないと。
その恐怖心は、彼女が美しく育てば育つほど大きく募る。
彼女の尊厳を奪ってしまう事だと頭の片隅でわかっていながら、それでも彼女を何もかもから隠してしまいたかったのだろう。
「貴方のお気持ちは察します。けれど、何も知らないご令嬢からしたら、貴方の行いは……虐待です」
ダグラスは、何も答えなかった。そして、もう一つ疑問を口にする。
「何故、婚約者の候補がレニエ・ベルフォールだったのですか?」
ダグラスは、掠れた声で答えた。
「……妻の願いでもあったんだ。あの子達の母親同士の仲が良く、いずれ我が子達を結婚させようと。それに、何とかせねばと思ったのだ。あの子が私の所為で負ってしまった不名誉を、払拭しなければと。彼は、爵位も高く、全てにおいて優秀な男だと聞いた。彼の婚約者ともなれば、必然的に事は落ち着いて行くと思ったんだ……」
「……貴方は、本当に何もかもが不器用な人ですね」
レジナルドは、思わず呆れて溜息を零す。ダグラスは、言葉もないようだった。
パカッと懐中時計の蓋を開ける。時間だ。レジナルドは席を立ちながら告げる。
「お嬢さんを迎えに行きましょう。貴方も、ついて来てくださいますね?」
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