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8.作り上げたストーリー
最近、城下街では、とある存在が人々の興味を惹きつけていた。
それは、夜になると現れる美しい歌姫。
彼女は、 ウッドベースを持つ一人の奏者を引き連れて、マスカレードの仮面をつけ艶やかなドレスを纏い異国の歌を歌う。
滑るように流れるリズムと、甘い音色。
彼女の声は人々の心にとろりと溶け込み、明るく華やかな高揚感を齎す。
そして不思議な事に、彼女の歌を聴いた後は身体の不調も僅かながらに治っていると言う。ついた通り名は〝月の女神″。
最初は、街の小さな広場で歌っていた。
道行く人が彼女の歌に足を止め、一人、また一人と観客が増え――やがて、街中の人々が集まるようになった。そんな彼女に、とある高級宿屋のオーナーが目をつけた。
このオーナーもまた、謎に包まれた人だった。
彼は、貴族さえも宿泊出来ると言う画期的な宿屋を首都に作り出した。
優秀なスタッフと配慮の行き届いた上質なサービスは、王城の侍従達さえ学びに来るほどだと言う。
この宿屋の最上階。夜はバーを営むと言うそのフロアで、時折彼女は歌うようになった。
こうして彼女は、平民だけでなく、貴族の者達の心さえも射止めていった。
そして彼女の存在は、今、一国の王の耳にさえ届こうとしていた……――。
◇◇◇
「これをご覧ください」
時は約半年前に遡る。
アカデミー長室でレジナルドは、テーブルに並べられた書類の中から一枚を摘まみ上げ、一番上に置いた。それは、編入試験時のカレンの成績表。レジナルドが指さす先には、六角形のグラフが書かれていた。
「……魔力測定値の結果、ですよね。これが何か……?」
カレンの魔力を示す輪は、無いに等しいほど小さく、いびつな形をしていた。
カレンが少し恥じらいながら尋ねると、レジナルドは平然と答える。
「魔力量は多くはありませんが、貴方はどうやら〝光属性″――治癒力を持つ魔力を持っているようです」
「――え……!」
カレンは信じられず、自分の耳を疑う。
〝光属性″と〝闇属性″は、他の火、水、土、風に比べてかなりの希少種だ。
「人の心と言うのは、脳から送られる様々な信号で左右されています。光属性の魔法で自己治癒力が高まるのも、この信号に直接アクセス出来る為だと研究により証明されています。勿論、多少魔力増幅の訓練は必要ですが――治癒魔法に関しては、魔力量が全てではないんです。どのような方法で信号にアクセスするかと言う、その繊細なコントロールの方が重要になります」
「……でも、私は魔法を発現出来た事がないんです。何を、どうすれば良いのか……」
不安げに告げるカレンに、レジナルドが自信ありげに微笑む。
「――貴方には、歌があります。歌を用いて、治癒魔法を発現させるのです」
カレンは、思わず目を見開く。そんな事が可能なのだろうか。
レジナルドは続けた。
「身バレしてしまうと邪魔が入るかもしれません。顔を隠して、夜な夜な人々の前で歌を歌い、そこに治癒魔法を乗せ『体の不調が治った』と噂を流させるのです。ただ歌うよりも宣伝効果は高いはずです。そうして、意図的に流行を起こすのです」
「歌に、付加価値をつけるという事ですか?」
「ええ。最終的には貴族の、それも上位貴族の耳に入るようにストーリーを作り上げましょう。そして、誰も逆らう事の出来ない人を味方につけてしまえば――貴方のお父上も、もう反対は出来ないのではないでしょうか?」
そんな夢のような事が起こり得るのだろうか。
しかし、他に方法があるわけでもない。
それに――彼が側に居てくれるなら、もう怖いものはなにもない。
「どうか……お願いします。私に、力と知恵を貸してください!」
そうして、日中は学業と魔力増幅の訓練を、夜は歌を歌い続けた。
今宵も、歌を歌い終え控室に戻ろうとするカレンとレジナルドに、声が掛かる。
「もし、〝月の女神″様――今、少々お時間よろしいでしょうか?」
その声に、二人は密かに視線を交わす。かの者は、王の最側近と呼ばれる人。
カレンは話しを聞く為に――そっと、仮面を外した。
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