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「本当に、一時はどうなることかと……」
「はあ」
「息を吹き返された時にはホッといたしました!」
「あ、ありがとうございます?」
目の前で胸を撫でおろす女将らしき人(?)物はオレに対して慈愛に満ちた眼でにこやかに笑いかけてきてくれる。どうもオレの命の恩人らしい。
らしいのだが。
目の前でもふもふされるとどうも話に集中できない。
まず触らせてくれ。話はそれからだ。
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毎日深夜残業、下手をすれば連泊がざらじゃない今の仕事に疲れ切って、寝るまでの短い時間で仕事のない何処かへ行きたいなとスマホを見ながら思ってはいたが。
目が覚めたら、もふもふに取り囲まれていました。
なんだこの天国。オレ死んだ?
「おお、気がついたかい御仁殿!」
何故かオレの服を剥ごうとしていた、もふ1号、もといキツネっぽい白衣を着た何かがペタペタと体を触りまくる。やべえ、肉球の感触がリアル過ぎる。
「おい小僧くん。女将を呼んでおいで」
「あい!」
そして隣で興味津々にオレを見ていた小さなタヌキの子(複数個体あり)にキツネは声をかけて誰かを呼びに行かせた。
年長らしいタヌキの小僧(?)とそのちびっ子たちが襖を開けて誰かをトテトテと呼び行く。その、実にモフみが強い悩ましい尻尾付きの後ろ姿に気を取られてしまって、キツネの質問が耳を上滑りしてしまう。
「君は誰だい?」
「井立秋人っす」
「イタチの秋人君か。吐き気とか、具合の悪いところはあるかな」
「視界が気持ち良すぎてパラダイスっす」
「ええ~……。初めて聞く表現きたなコレ。体調は悪くないんで良いかな?」
「この光景がずっと続くなら、オレはどんな修羅場でも乗り越えてみせる……!」
「んん?話通じてる?通じてない?ここ、何処だかわかるかい」
「え、天国でしょ?」
「んんん~?表現の問題?マジで言ってる?」
「キツネにあごクイされてる。イケメン過ぎる」
「視界は正常だね。確かにボクかっこいいし。眼はちゃんと見えてるね」
あごクイではなく、オレの眼球を覗き込む目的で顔を寄せてきたらしいキツネ(イケメン)はパッと前脚を放してしまった。
もうちょっとやってほしかった。リアル肉球が下顎に触れる機会なんてまずないというに。
「あ、ヤダもうちょっと触って欲しかった……」
「んん゛ッ。嫌いじゃないよ、その欲望に忠実な感じ。キモいけど」
そんなこんなことをやっている間にドタドタと複数の足音が近づいてきた。
「あらまあ!気がつかれたんですねッ」
そして冒頭にいたる。
どうもオレは昔話よろしく、どんぶらこっこと、このたぬきのお宿「千都照杜」の正面に流れる川で流されていたらしい。
そこをたまたま玄関を掃いていた女将に見つけられて、今、女将の隣でズモンと存在感マシマシで正座している熊の従業員の力を借りて助け出されたそうである。
オレはと言えば、キツネの医者に上の空で返事を返していたせいもあり、苗字の関係かどうも人間に化けたイタチと間違えられたらしく、もふもふの中、唯一ツルツルな姿にも関わらず不信感をもたれることなく当たり前のように介抱を受けている。ついでに話せば、オレは都合の悪そうなことに関しては全て記憶喪失ということにしておいた。
「この度は命を助けていただきまして……」
「いえいえ、困った時は何とやらですものッ。さ、お腹空いてませんか?今お粥を用意してたんですよ」
居住まいを正して、深々と土下座で感謝を示そうとするオレに対して、タヌキの女将(名を菫さんというらしい)は見る人をおもわず和やかな気分にさせるようなほっこりとした笑顔で気遣ってくれた。
「あ、いただいてよろしいですか」
「どうぞ遠慮なく!今持ってまいりますねッ」
そうして女将はタヌキの小僧ッ子たちを連れて、部屋を出て行った。
「ふーむ。今日の所はボクはお暇してもいいかな。また明日も様子を見にくるけど、もしその間に具合が悪くなったらすぐ呼んでね」
「あ、はい。ありがとうございます」
この村で唯一の医者であるらしいキツネ・照彦は首をコキリと鳴らしながら立ち上がり、向かいでずっと正座してオレをジーと凝視していた熊に話しかけた。
「じゃあ、後のことは頼んだよ。長吉」
「ああ、わかった。何かあれば連絡する」
熊、もとい長吉さんは頭をコクリと大きく動かし、気安い調子で照彦に応える。
「じゃあ、また明日来るよ。もし明日も具合が良ければ散歩がてらデートしようね」
「え」
「ボクのかっこよさを正しく理解できる君は実に好感が持てるよ。ちと気色悪いこともないけど、ボク、ファンには優しくするタイプだからね。快気祝いにデートしてあげる」
「え、嬉しい」
モフのキツネとお散歩デートだと!素直に嬉しい。やべ、声に出してた。
「ぬっふっふ、い~い反応だ。いいねホント嫌いじゃないよ~、キモイことには変わりないけど。じゃ、明日のためにしっかり休息をとってね~」
照彦はにんまり笑いながらふさふさとした尻尾をご機嫌に揺らめかせながら帰って行った。
どうやら異世界転移?転生?したっぽいが、オレのセカンドライフは勝ち組で決まりの様である。癒しの女将に拾われて、2日目にしてイケメンもふとデートだぞ?きっと動物にやたらモテるスキルをゲットしたに違いない。元の世界じゃ普通に野生動物には逃げられまくってたけどな!
今日からもっふもっふハーレムチートライフの始まりじゃあー!
「おい」
「あ、はい」
浮かれすぎて、Fooow!と一人叫んでいたオレに向かって長吉さんが声をかけてきた。いかん不審者過ぎたか。
「何でしょう」
「てめえ、いくらあの阿呆が呑気な尻軽だからって、俺の照彦に手え出してみろ。喰い殺すぞ」
「はい……」
ちがった。単にあの人らの性格が良かっただけだった。
異世界初日にして、オレは決して敵にまわしちゃいけない捕食者ランキング上位に敵認定されてしまった。おとなしく生きるしかない。
ちなみに菫さんお手製のお粥は涙が色んな意味で出るほど旨かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
次の日。民宿の朝は早いため、オレも皆と一緒に朝日が出る前に起きていた。
というより、夜中に気が変わった長吉さんに喰われるんじゃないかとドキドキして眠れなかったという方が正しい。
病人ということもあり、今は客間に寝泊まりさせてもらいお客さん扱いしてもらっているが、オレはこの世界のことを何も知らないしこの世界で通用する通貨も持ってない。菫さんには既に頼み込んでドクターストップが解除されたら従業員として働かせてもらえることになっている。
居候させてもらうにあたり、寝相の悪いチビ団子が勢ぞろいする子だぬき部屋か長吉さんとの相部屋を提示されたが、全力で子だぬき部屋を選択した。
菫さんは「本当によろしいんですか?あの子たち縦横無尽に転がりまわりますよ?」としきりと長吉さんの部屋を勧めたがったが、そもそも当人が菫さんの見えないところでオレに向かって歯を剥いている。例え重量級に育った子ダヌキ団子に押しつぶされることが予想されたってオレに選択肢はない。オレは死因を選べるなら、熊に内臓を食い散らかされるより、幸せ団子による圧死を望む。
安静にする以外やることもないため、まだ給仕ができないほど幼い子だぬきたちに宿の中を案内してもらっていた。
「ここがねー大広間ー」
「わーすっげえ広ーい」
「ここがねー温泉ー」
「露天あるじゃん!最の高ー」
そんな感じで色々見て回っているが、午前中だけでもまだ全部回り切れてない。
これ宿ってレベルか?老舗高級旅館の間違いじゃね?
「おおーそんなとこにいたかね。秋人君」
「あ、照彦先生」
縁側のポカポカしたところで子だぬきたちと共に皆でオニギリとお茶をいただいていたら、向こうからキツネ医者の照彦先生がスタスタと歩いてきた。
「お、良いもの食ってんね。ボクももらおう」
そしてヒョイとオレが食っている食いかけのオニギリを手に取りポイと自分の口の中にあっという間に放り込んでしまった。
止めてください先生ッ。お茶目にウインクしながらファンの距離感がバグるファンサするのは。
向こう側から長吉さんが見てる。見てるから!
運悪く、丁度通りかかったらしい天にも登るくらい高く重ねたお膳を運んでいた長吉さんの射殺さんばかりの視線を脳天にズキズキ感じる。
これが矢だったらもう強弓でぶち抜かれてるな。
飯を食い終わった後、改めて診察してもらったが、記憶喪失以外特に異常はないとのことで(記憶喪失は嘘なんだが)オレは明日から安静解除となった。
午後は約束通りデート、もとい宿の外の彼らが住む村を照彦先生に案内してもらえることになった。
出掛ける際に、ジト目の長吉さんに無言で子だぬきを3匹程、背中に突っ込まれる。
「おーい、長君。これから二人っきりのデートすんだから、いくら後輩の従業員が出来たからって早速子守させるなんて野暮にもほどがあるでしょ」
わかります。子連れだと良い雰囲気なんてなりませんもんね。
ふわっふわの子だぬきを頭と両肩にぶら下がらせて隣にイケメンのキツネを従え村をブラブラする。
控えめに言って、やはり最の高である。
村は一昔前の日本の農村みたいな感じで、洋服を着ている動物、和服を着ている動物と和洋折衷入り混じっていた。
ああ゛~。見るものすべてモフしかいない。ストレスフリーの光景とはこういう事か。
もし元の世界に帰ることがあるなら、視界に入る人間の顔が全員動物の顔に置き換わるAR用の拡張現実のソフトでも開発してもらうよう企画部に掛け合おうかな。
嫌な上司の顔だって土佐犬かブルドックに換えちまえば、どんなに嫌味な不細工な面だって微笑みながら返事できるよコレは。
まあ、一番は帰りたくないんですけどねー!
オレが消えた後あの仕事の引継ぎどうなんのかな。考えるのやーめた!
「……で、菫さんたちが出入り業者とは別に良く買いものに使うお店は此処ね。おーい聞いてる?」
「あ。はーい、バッチリっす!」
親切にも照彦先生は村の要所だけでなく、宿の従業員が良く利用する店についても教えてくれる。
「まあ、改めて長吉とかが教えてくれると思うけど、こういうのは早く知ってて損はないからね。今日は取り敢えずなんとなくでいいから覚えておきなよ。あんまり一杯正確に詰め込んでも混乱するだろうしね」
「あざッす!」
オレが早く宿の従業員として溶け込めるように、色々考えてくれるなんて。村医者ってこんなことまで気を配るもんなの?ファンサ良すぎだろ。
「ていうか宿のこと詳しいすね?」
「うん?あー、元々ボクもね。従業員だったから」
「あ、そーなんです?」
「そう。今は独立して居を構えちゃいるけどね~。早くに親をなくしてね。しばらく長吉と一緒に居候させてもらってたんだー」
「えーそれからお医者さん目指したんですか。うわーすげえ……」
「んふふふ。もっと褒めてくれたまえよ」
ふんす、とドヤ顔で鼻を上にして胸を張る先生に素直にパチパチと拍手を送った。
「せんせぇ。お腹空いたー」
「すいたー」
「アレ買ってー」
白ウサギが売り子をしている(可愛い!)団子屋の前を通りかかったところで、オレの顔付近でわさわさしていた子だぬきーズがぴいぴいと一斉に口を揃えて空腹を訴え始めた。
おい。頭頂部から何やら湿った感じがするんだが、涎垂らしてねえか?このどチビ。
「そうだね、オヤツにしようか。おおい、姉さんや。みたらし団子五本おくれ」
「はいな」
店の前に設置された竹製の縁台に腰掛け、団子が運ばれてくるのを待つ。
「ううー!香ばしい匂いがたまんねー!」
軽くあぶられた焼き立てのモチに温かいみたらしが付けられた団子は驚くほど旨かった。
「ここの団子はどれも美味しいけど、ボクみたらしが一番好きなの」
「オレもこれは大好物になりました!」
「そいつはよかった」
「おいしー」
「しー」
「おかわりー」
「こら、勝手に追加注文しないの」
1匹がちゃっかり、おかわりを店の姉さんに注文しようとしていた。いつの間にオレの肩から降りたんだコイツ。
「たべたーい」
「だーめ。晩御飯食べれなくなるでしょ。ボクが長吉に怒られるんだからね。一匹1本まで!」
「ケチ―」
照彦先生に逆さづりの刑に処されながら、子だぬき・その3はぶうぶう文句をたれた。
「ケチっていう子はもうお団子買ってあげないからねー」
「やー!」
しかし照彦先生も慣れたもので、軽く子だぬきの抗議をいなしていた。
「……でさ、本題なんだけど」
「はい?」
「君。八十二郎の嫁さんだろう?」
「はいー?」
団子1本と熱い茶を胃に収め、道を歩く人々をぼーと見ていたら、照彦先生がいきなりぶっこんだことを言い始めた。
「え、誰?」
そもそもヤソジロウって誰ですか……?
「えー、そこも記憶喪失なの?アイツ結構有名だと思ったんだけど……」
「知らないです……」
そもそもこの世界の住民じゃないから知りようがないからね。
有名なん?
「八十二郎。ヤソ君は菫さんの叔父さんでタヌキの次期総大将候補って言われてる男でね。今修行中なんだけど。長老たちから出されている試練が中々どれもやっかいな難題でね」
「ほお」
「ま、そのうちの一つが嫁さん探しなんだけど。奴は選り好みが激しくてさあ。長老たちが用意した嫁さん候補、全部蹴散らしちゃったの」
「なかなかバイオレンスですね」
振るならともかく、蹴散らしたとは。
「まあ、口より手が早い男だから……」
ポリポリと頭を掻いて、心なしか垂れ目になりながら照彦先生は話を進める。
「で、『俺の嫁は俺で決めるッ』って言って修行ほっぽり出して姿を消したんだわ」
「はあ、まあそれしかないですよね。で、それとオレに何の関係が……」
川から一人流れてきたオレと何の関係があるというのか。接点が謎すぎる。
「え、いやあ。介抱した時に君からアイツの『金玉袋』の臭いが微かにしたからさあ、きっとアイツが連れてきたのか……」
「ちょっと待って!……何のニオイ?」
一瞬、かなり聞きなれない言葉が耳に入り込んできて、続きが頭に入らなくなってしまった。
「え、金玉袋?」
「何その衝撃的なニオイ!」
聞き間違いじゃなかった!何の匂いだよソレ!自分の玉のニオイだって直に嗅ぐことないのに!
「え、ウンコ臭いって言われるより遥かに嫌なんですけど……ッ!」
え、何オレ他の男のタマタマのニオイ発してんのッ?
クソ漏らしてた方がまだマシじゃねえか!
「あ、大丈夫だよ。感じ取れたのはかすかに一瞬だし、すでにもうニオイはとれてるから~。気付いたのも君の体を丹念に診てた僕くらいじゃないかな~。そうだよね。嫌だよね~。タヌキの雄ってさー。自分のが良く伸びるからって風呂敷代わりにしょっちゅう物包むの本当にデリカシーないよね~」
それを聞いてオレは化け狸のとある逸話を脳内ではじき出していた。
『狸の八畳敷』
確か有名な浮世絵師も取り扱ってた題材のやつ―!
「一回だけボクも大怪我した時、アイツのに包まれて運ばれたことあるからピンと来たんだけど、あれはトラウマ級の地獄の密閉空間だよね~」
「う、うそ~……!」
貴方も被害者なんですか先生!
「事情はアイツに聞かなきゃわかんないけど、運んでる途中でなんかあって君途中で放り出されたんじゃない?で、運悪く君はその時に頭を打って記憶喪失……」
アイツならやりかねない、と一人ウンウンと頷く先生にオレは今日一番の最大のツッコミを発した。
「イヤ、そもそも何で嫁?オレ男!」
百歩譲って、その八十二郎とかいうクソダヌキにこの世界に運ばれたとしても。(ここへの転移の方法がわからないから否定のしようもないからな!)
でも何故、嫁?他の事情で来た可能性はないのか?
そもそも、この世界。同性もいけるのッ?
「何でも何も、君がヒト型になってるからだけど……?」
「人であることが決定打なんですッ???」
「えー、君そんな重要なことまで忘れてんの?本当に明日から働かせて良いのかな~……心配になってきた」
「至って健康ですともッ!それより!ヒトである意味を!プリーズ!」
ここにきてやっとオレが何で人間のままでも疑問も持たれずに受け入れられたかの理由が判明するのだ。此処で誤魔化して引くわけにはいかない。必死に健康を強調して先生に話の続きをせがんだ。
「君はイタチでしょう?でアイツはタヌキなわけ。異種族が番うには同じ姿形をしないと色々と難しいでしょう。だから異なる種族が婚姻を結ぶ時はお互い神の形代であるヒトの姿になって、一緒になるんじゃない」
「人の姿ってアンタらでいうところの折衷案なんだッ?」
はー!なるほどね!
ヒトの姿で、知り合いのニオイを纏ってたから嫁なのね!ソイツ元々嫁探しで失踪してたしね!
「ヤソにぃのよめ?」
「およめさん」
「ヤソにぃ帰ってくる~?」
「わからんわーいッ!」
納得できるかッ!
「求婚された覚えもなければ、大体タヌキに知り合いいねーわ!」
どこをどうとりゃ知らん男の嫁になるんだッ。
「だから、そこは忘れたんでしょー」
あああッ!ここにきて記憶喪失の設定が足を引っ張るとは!
「まあそのうちオイオイ思い出すでしょ。アイツだって折角できた嫁さんずっと放ってはおかないだろうし」
細かいことはアイツが帰ってから考えるで良いんじゃない?
ポンポンと肉球を頭に軽くあてて宥めてくれる優しい先生にオレはうるっと来て思わず口から本音がこぼれた。
「せんせぇ……このままあと五分延長いけます……?」
「ンん゛ッ!この欲張りさん!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それから。宿の正面で先生と別れ、玄関で腕を組んで待ち構えていた長吉さんから「おいお前。照彦のニオイがするぞ。まさかお前ら5分以上密着してたんじゃ……」「わーお腹空いたねー子だぬきーず!今日の晩御飯何かなーッ?」と、年頃の娘をもつ男親かというほどシツコイ長吉さんの追求を全力疾走で何とか躱し。オレの異世界生活2日目はなんとか無事に幕を閉じた。
しっかし2日目で得た情報があまりにも破壊力がありすぎて、明日からどうすりゃいいんだ。
まあ取り敢えずはこの宿での生活に慣れることが肝要だよな。
八十二郎なんてクソは知らん。だが明日にでも帰ってきたらオレと奴の間柄の潔白を証明してもらわにゃあ。
「はあ~、まず良いや!明日のことは明日に考えよッ」
それよりも今日はオレのもふもふライフ最大のお楽しみが待っている!
「ヘイ!子だぬきーず!本日からこちらのお部屋でお世話になります。新人の秋人君でーす!みんな一緒に寝ーまsh……」
パーン!と景気よく両開きで開けた襖の向こうには、漆黒ともいえる真っ暗な暗闇でギラリと床一面に光る部屋いっぱいの無数の不気味な光だった。
「ひ……ッ!」
生まれて初めて体験する怪奇現象に声も出ず固まる。
「あ、なんだ秋人君か。びっくりした~。君のお布団はこっちだよ~」
お互いに凍り付いていると、一番年長の子だぬきがのそのそと暗闇から這い出てきた。
「あ、部屋間違ってなかったんだね……。そっか、皆タヌキだもんね。ヘッドライトの反射で光る眼のヤツだ~……あははぁ……」
「なにわかんないこと言ってるの?こっち来なよ」
「あ、は~い。皆で雑魚寝って聞いてはいたけど、けっこういんね。ちなみに何匹……?」
「50匹だけど」
「ごじゅ……ぅ。すごーい……」
八畳間に?良く入ったな。あ、チビだからか……。すごーい……。
年長子だぬきに手を引かれて、オレに宛がわれた布団に潜り込む。
『本当によろしいんですか?あの子たち縦横無尽に転がりまわりますよ?』
暗闇の中で菫さんの台詞が俺の頭の中でリフレインする。
「ふ……ふふ。もふもふ団子で死ねるとか上等じゃねーか……ッ。やってやるぜッ!尊死ッ!」
「あっくんッうるさい!」
「ごめんなさい!」
そして翌日。
オレのろっ骨は折れた。
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