17人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
わたしこと、モブ子のこと
仕事はとある中堅建設会社の事務員をしている。仕事に夢とか希望とか、ましてややりがいなんてものは求めていない。リソースは少なく、とりあえずの給料で、休みたいときにお休みが確保できるのがいちばん。
わたしの一日のメインは家に帰ってから。まずはお風呂に入って、今日のからだの疲れをいやす。肌の手入れもそこそこに、BL本片手にベッドに入り、こころの疲れをいやす。それがわたしの日課であり楽しみだ。
自室のかべ一面の本棚には、選び抜いたBL本が、これでもかと並んでいる。もちろんベッド下収納もBL本、でもこちらはちょっとドギツイ……、明け透けに言うと、ドエロい本が厳選されている。もちろん薄い本もある。
アラサー腐女子、日々のうるおいはおとこのこ観察とBL本。往年の某野球青春まんがのヒロインにあやかってつけられた名前は、朝川みなみ。
こどものころからからかわれたり、絡まれたりして、わずらわしい名前だった。けれどその、ほとんどが実害のないかわいいいもので、いまでは「むしろ会話のきっかけにはちょうどいい」と思っている。
くだんの西くんも作品を知っていて、最初はわたしの名前を知って「みなみちゃん」なんて声をかけてきたのだ。そうしてわたしもその状況を楽しんでた。
初めから変なひとだと思っていたわけじゃない。初見では、カッコイイ子がおじさんの店にバイトに入った、なんてよろこんでいた。あんなヤリチンクズだと知るまでは。まぁ、見た目がさわやかαだから……、さぎもいいところなんだけど。
いつもの定食屋、夕飯にはまだ早く客のすくない時間帯。わたしは両親にわたすものがあるからと店に呼ばれて、おかみさん相手に仕事のぐちをこぼしながら、ちゃっかりと夕飯をいただいていた。そこでこぼれ聞いた、バイト同士の雑談に、西くんの幻想はもろくも崩れた。
語られていたのは、BL本の中のヤリチンクズ男も真っ青な、西くんの武勇伝。はじめて聞いたときには耳をうたがったし、マジか!!!とたましいが抜けた。
曰く、合コンでこなをかけまくったら、西くん目当てのおんなのこばかりが集まってしまい、全員の連絡先をゲットしたあげく、日替わりでデートしただとか。
曰く、近場のスーパーの既婚店員さんに、店内で声をかけてデートを取り付けただとか。しかもその店員さんを脱がせてみたら、ものすごいナイスバディでえろかった、だっただとか。
よっぽど年下のこどもを相手にでもしないかぎりは、当人同士が納得しているのなら、倫理観とかそういうことを、あれこれいうつもりはないけれど。それにしたって、彼女に内緒だとしたら、その行いは問題では?
と、思いながらも、わたしには関係のないことだし。うわさを聞いている分には、楽しいからいいんだけど。
その数日後、本屋でめあての新刊を購入し、ほくほくと帰る途中で西くんに会った。あたりさわりのない社交辞令を交わしていた、はずなんだけど。なんだかみょうに親しげっていうか、なれなれしいっていうか、図々しいっていうか……。でも気のせいだろう聞き流していた。
「ねえ、おれ、みなみちゃんのこと気になるかも」
「そう~? 接点のない世代だしね」
「やだなあ、世代とかじゃなくて。クールっぽいけど、実は素はかわいいんじゃないかなって」
「かわいいなんて。デートの相手に言ったら?」
「おれからしたら、これも帰宅デートだし」
「偶然会っただけだけど?」
「偶然会えるって、運命感じるよね」
「……ずいぶんと安い運命だね」
「そう。運命って積み重ねだからさぁ」
あ、それはわかる。
にっこりとしたきれいな笑顔に、思わずあいづちを打ちそうになった。ひとつだけで運命っていうには、ちょっと弱い。だから、いまも運命とは言えないと思うけど。
「というわけで、運命感じたから、もっとみなみちゃんのこと知りたいなって……。これから、食事とか、どう?」
「おなかすいてないし、これから用事があるの。あと、わたしの方が年上だし、みなみちゃんて呼ばないで」
「ハーイ。みなみさん。OK? さん、の方がおねえさんぽくていいね。ちょっとえっちな感じ」
「……それ、セクハラって言われない?」
「どきどきするでしょ?」
「……しないし」
うそ。ちょっと、どきどきした。なんだかんだ言って、わたしはちょろいのだ。だからこそ、ちょろい自覚があるからこそ、最初のガードが肝心。
「うっそだ。ねえ、えっちなみなみさんも見てみたいな、おれ」
と、気がついたら誘われていた。そんな雑に、えっちの誘いなんてする? もっとこう、サービスとかムードとかあるもんなんじゃないの?
経験のすくないわたしが言うのもなんだけど、そんなんでひっかかるおんなのひとなんているんだろうか?
つい、西くんのかおを見返して、ひっかかるわ、とすぐに自分の意見をひるがえす。
これはひっかかるわ。顔がいいって、ずるい。
そして、そこから猛烈に一晩のおさそいをいただいている。しかもその後、くだんの店でわたしより年上の既婚バイト女性に、こなをかけている現場も見た。
ほんとうに感心してしまうほど、節操がない。きっとそういう、イキりたい年代なんだろうとは思う。わたしにはなかったけれど、たしかにあの年ごろには、周りにそういう子もいた気がする。
あーあ。
わたしは、おおきく息をはいた。見た目の印象で、良攻め認定していたのに、あっという間にその理想がくずれさってしまった。
まあでも、ヤリチンといえば、それはそれで需要もある。いまとなっては、残念ヤリチンを更生させる天使、もしくはグズグズにメス堕ちさせる悪魔があらわれてくれないかと願っている。
──そうだな、今日はヤリチンチャラ男が堕とされちゃう話を読もうか。
ベッドの下の収納から、重い収納箱を引っぱりだす。そのなかにはびっしりと、お仲間じゃない人にはとてもじゃないけど見せられない、いやお仲間であっても人をえらぶ……? というまんが本をつかんで「この本は、ちんこの描写が最高にリアルで迫力満点なんだよね」とほくそ笑んだ。
イケメンクズの西くん的には、わたしが処女だと思ったようだけど、残念ながらわたしは処女ではない。リアルちんこもちゃんと見たことがある。
ただ、自分の彼氏にはイケメン要素は必要ない。
むしろイケメンにとって、女はモブ!
なのでわたしの好みも自然と、モブおじさん寄りになった。なんていうか、さえなくて人間味のあるひとっていいな、と思う。
しかし年を取ると、なかなかピュアなだけでは生きていけないもので、うっかりモブおじさんに遊ばれてしまって、痛い思いをしたこともある。
だから正直なところ、ワンナイトなんてありえない! とか思っていない。さらに、いいよられることに悪い気はしていなくて、でもただ、その後を考えると限りなく面倒くさい。
からだの関係を持つということは、少なくとも、からだだけでもちかくに、ふれあうということだ。それは自分の意思にかかわらず、うっかり好きになっちゃうことだってある。
だから、安易にへたな相手と関係をもつのは、避けた方がいい。もうそれはBL本のなかでも嫌というほど語られているし、実体験にもとづく反省でもある。
そして、そういう相手として西くんは、面倒くさいことになるフラグが立ちまくっている。彼女はいるし、ところ相手かまわないヤリチンだし、軽いし。わたしが本気にならなかったとしても、地雷だらけだ。相手にしないに越したことはない。
──つい勢いで、男同士で絡める3Pとアナル開発をさせろといってしまったけど、まさかわたしが出した条件、そろえてこないよね?
ふつうだったらあきらめると思うけど、相手は話のつうじない宇宙人だ。油断はできない。
しかし、モブ子として目のまえでくりひろげられる、イケメンのアナル開発からの男同志のからみは切望でもある。できればその先は、ナイスアシストからのラブに発展。……させたいじゃない!? そんなことが実現したとしたら……。
わたしはほほがゆるむのを止められない。だってそんな奇跡起こるはずなんてないんだから。だから、妄想を楽しむくらいはいいじゃない。
さぁ、妄想前のネタの仕込みに入ろうか、と取り出したままの本を開いた。
最初のコメントを投稿しよう!