プロローグ

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「だから、わたしは、あなたに興味がないから、遊んだりしません!」  太陽はとっくにしずんだのに、湿気を含んだ熱気がむわっと立ち上る。それだけでうっとおしいのに、さらなるうっとおしい誘いをかけられてわたしはうんざりしていた。語気をつよめて、何度目かになるお断りの言葉を目の前のイケメンに投げつける。いや、正確にはとても残念なイケメンに。  好みはあるものの、彼は見た目だけならかなり良い線いってる。地元の国立大学の学生で、身長は一八〇センチ近くはあるだろうか。細身なのにきれいに筋肉のついたからだと、かろやかな亜麻いろの髪。笑顔のかたちの目元が印象的な甘めの顔。笑うとしたしみやすさが前面に出て、いっそうかわいい。  解りやすくオメガバースで例えるなら、やさ男系リア充α様。だけどその実態は、残念なことに、女ならなんでもいいっていう、ヤリチンのクズ野郎だ。  どれだけかクズかというと、彼女がいるにもかかわらず、合コンがだいすきで、もちろん毎回おんなのこをお持ち帰り。ここまでならまだ若いしねと大目に見れるかもしれない。けれどそれだけではあきたらず、スーパーのレジ打ちをしているパート女性(既婚・ひとまわり以上年上)をナンパするほどのクズ加減。  当然ワンナイト目的で、積極的なアフターフォローは無し。でも女性から誘われれば、ほいほいついて行く尻の軽さ。なんでいまだに、彼女に刺されていないのか、不思議でしょうがない。  さて、この彼とわたしの関係はというと、小料理屋のヤリチンクズバイトと客だ。昼は気軽な定食、夜は酒と一品料理を出す店で、美味しい料理はもちろん、品の良い内装が売りの店だ。店主は両親と仲のよいなじみで、わたしも高校生のころにバイトでお世話になっていた。  だからあまり波風はたてたくないんだけど。  普通、客に手を出そうとする!?  しかもわたしは店主とも知り合いだよ!?  危機感無さすぎなんじゃないの!?  こんなクズ野郎、デカチンのチンピラ兄さんに、メタメタに犯られちゃえばいいんだ!  わたしがイライラとしながら立ち去ろうとするのに、ヤリチンクズイケメンは、ヘラヘラと笑いながら追いかけて来る。 「いいじゃん。俺、頑張るからさぁ~。ね、一回だけ! 絶対にそんはしないって!」  何を誘われてるのかって? これがおどろいたことに、本当にナニを誘われているのだ。 「あっ、もしかしてみなみさんて処女? 大丈夫だって! その年で処女でも俺は引かないよ。むしろ俺がもらってあげる」  夜九時とはいえ、まだ人通りは多い。駅の近くの路上で、仕事帰りのサラリーマンや、塾帰りの高校生がちらちらとこちらを気にしている。  そのなかで発せられる、デリカシーのかけらもない言葉に、プチプチと血管が切れる音がした。 「だーかーらー、あんたに興味がないの!」 「またまた~。お店で俺のこと見ていたでしょ」  そう言われて、うっと言葉に詰まる。たしかに、目で追ってはしまったけれど、それは彼に興味があったからではなく、いってみればアイドルを見るような──。そう、目の保養だ。 「運んでるお料理を見ていたの。次は何を食べたいかなって」 「えー…、それだけじゃない、熱い視線を感じたけど……」  顔がいい、ってのはそれだけでこんなに、ひとをばかで自信家にしてしまうのだろうか。確かに、本当は見ていたんだけど。 「いいじゃん。みなみさん、たぶん俺の顔好きでしょ? エッチしたら近くで見放題だよ?」  往来で発せられたとは考えたくない言葉に腹が立って、ぷち、とこめかみの上で音がした。 「……あのね。わたしは、カッコイイ男の子と可愛い男の子が好きなの。その二人が、イチャイチャするのが好きなの。いくら顔が良くても、好みでも、きみひとりじゃ約不足だから」  青筋をたてながら、声をおさえていったわたしの言葉に、彼は「え!」とうれしそうな顔をした。 「カッコイイ男って、俺のことじゃん!」  ……違うから。いまひとりでは役不足だって、いったよね? あまりにも話が通じないので、頭痛がしてくる。しかもいきおいでつい、BL好きだってばらしちゃったし。気づいていないみたいだけど。  ちなみに、誘われてお断りをしているのは、今日が初めてではない。クッソヤリチンイケメン大学生も、まったく話が通じないのも、まんがのなかの存在だけかと思っていた。なのにこんなに身近に、こんなにふつうの顔をして、こんなにふつうに存在しているなんて。  世の中って、色んなことがある。 「わかった。もういい、こうしよう」  どうしても拒否を受け入れないなら、と新たな提案をした。 「わたしの条件をのんでくれるなら、相手してもいい。  一つ目、わたしが攻めるから西くんのお尻の開発させて。  二つ目、もう一人、男の子を誘ってその子と西くんの絡みを見せて。  三つ目、やったらもう二度と絡まないで。  どう? これが全部守れるなら相手してあげる」  これだけいえば、いくら西くんといえど、あきらめるだろうと思ったのに、おバカなヤリチンクズは前向きだ。 「わかった! ありがとう。俺と絡める男ね、 探してみる!」  いとも簡単にわらって、条件を出したわたしのほうがおどろいてしまう。 「……いいの? 西くんて、バイセク? 男もいけるの?」 「まっさか~! おんなのこが大好きなの、知ってるでしょ。おんなのこなら、小学生からオバさんまで全然オッケーだけど、男は範囲外だって! うれしいなぁ。南さんがオッケーしてくれるなんて。俺はりきっちゃうからね!」  思わず聞いたわたしに、にっこりと答えた。  ……だめだ。なんにもわかってない。  あきれてなにもいえないわたしに「彼女から連絡来ちゃった。じゃーね!」と、笑顔で手をふりって、西くんは嵐のように去っていく。  いや、ホント……、世の中には信じられないひとがいると、わたしはため息をついた。
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