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「美緒先輩、かわいい」  その声で、遠くなった意識が戻る。  お酒って怖いなぁ。  会社の後輩、小松里美にキスをされながら、すみっこに追いやられた理性が目を覚ました。  それでも飲み過ぎた体は、いともたやすく里美に組み敷かれ、キスを受け入れている。  ボケた頭にクチュクチュとリップ音が響く。  柔らかい唇のキスは、お酒の酔いを深くし、私を甘い世界に誘う(いざな)。  重なる唇の優しく柔らかい感触が心地良い。  なんで、こんな事になったのだろう?  同性の後輩とキスを交わしているなんて……。  深酒で酔いが回る頭をどうにか起動させ、今の状況になった原因を振り返る。    そうだ。  後輩の小松里美に誘われて、仕事帰りにバンドのライブに行った。  そのライブ会場は、道玄坂の真ん中にある1300人程のハコ。  ライブ終了後、興奮冷めやらぬ状態でハコから出て、道玄坂を渋谷駅に向かって歩いていた時、健治を見かけたんだ。  土曜の夜の渋谷なんて、たくさんの人がいるのに何で見つけてしまったんだろう。    私、菅生美緒の夫であるはずの健治が、大学時代の元カノの野々宮果歩の腰に手をまわしファッションホテルから出てきた。コソコソしている風でもなく、まるで普通のカップルのよう。  そんな二人が何か冗談でも言い合っているのか、果歩が笑いながら健治の腕を軽く叩いた。そして、それを咎めるでもなく、果歩の頭をクシャッと撫でた健治の柔らかい表情がショックだった。  私、裏切られていたんだ。  健治が、野々宮果歩と不倫をしていたなんて……。
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