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玄関のドアを開き、いつもの習慣で「ただいま」と小さな声で呟くと、廊下の先のリビングから、テレビの音が聞こえてくる。
健治が居るんだなと思うと気持ちが暗く陰り、昨日渋谷で見た光景が心の中に重く圧し掛かる。
ドアの手前で、大きく息を吐き出し、取っ手を引く。
「ただいま」と、もう一度口にした。それに気づいた健治が、ソファーから気だるそうに起き上がり顔を向ける。
「お帰り、朝帰りをした不良の奥さんには、バツとして朝ごはんを作ってもらうかな」
悪びれる様子もなく、そんな事をいう健治をまともに見られずに視線を逸らし、俯き加減で言い訳を口にする。
「ごめんね。ライブの後、里美の所で宅飲みしたらそのまま寝ちゃって」
「ははっ、わかっているよ。美緒が、浮気なんて出来るタイプじゃないってこと」
健治から浮気という言葉を聞いて心臓が跳ねる。
しれっと、浮気と口にした健治。それこそ、浮気をしている様子など微塵も見せない。
だから、気付いてしまった。
私、ずっと健治に騙されていたんだ。
「……健治は、昨日遅かったの?」
「ああ、取引先の先生の付き合いで飲んでいた」
「そう……。お疲れ様」
これ以上、会話をする気持ちになれず、足早にキッチンに入り冷蔵庫のドアを開いた。
浮気をしている癖にあんな軽口を言えるのだから、きっと1度や2度の出来事ではなく、常習的に浮気を繰り返しているに違いない。
”取引先の先生の付き合いで飲んでいた”
健治から今まで何回も聞いたセリフ。この言葉の裏で何度も浮気を繰り返していたのだろう。
MR(医薬情報担当者)という仕事柄、病院の先生と付き合いで飲みに行く事は必要だと理解していたつもりだった。それを利用して浮気をしていたんだ。
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