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大病院の一人娘として、今まで何でも思い通りになってきた野々宮は、いうことをきかない俺に苛立っている。
俺は、皮肉をたっぷりと込めて言う。
「別れた男にいつまでも纏わりつくようなキャラじゃなかっただろう」
「あら、そんな事言っていないで、私に媚びへつらった方が、いいんじゃないの? 緑原総合病院が買い上げる薬の量を良く考えて見てよ。この先、大きな受注を受けて出世するか、仕事を失うか、どっちが良い?」
仕事と引き換えに従わせようとする野々宮に、俺は素直に頷けない。
「さあ、どっちかな」
「ふふっ、とぼけても無駄よ。健治は出世したい人だもの」
「さて、どうだろう」
「んー、そう言えば、宮本部長に今回のお話をした時、たいへん喜んでいらっしゃったわよ。この取引のおかげで、宮本部長も上の席が見えて来たのかもね」
「くっ!」
宮本部長を引き合いに出されて、思わずスマホを持つ手に力を込めた。
会社の組織の中に入る以上、誰しも出世を望むだろう。
一人前のビジネスマンとして、育ててくれた宮本部長に泥を投げるようなマネをしたくない。
唇を噛みしめる俺に野々宮は悪魔のように囁く。
「私、いい所を見つけたの。健治に接待してほしいなぁ」
「待ってくれ、いきなり言われても……」
「ふふっ、いいじゃない。URL送るから、午後8時にね。待ってるわ」
「おいっ!待って……」
と、言いかけたところで通話が途絶え、スマホからは”ツーツーツー”っと、無機質な音だけが聞こえてくるだけだった。
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