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 窓の外、夜の街に瞬く光が後ろへと流れていく。  タクシーの後部座席という狭い空間。  隣りに居る三崎君との近い距離に心がソワソワと落ち着かない。   こんな気持ちになってはいけないのに、私は気づいてしまった。 三崎君に惹かれているのだと。 カーブに差し掛かり車体が揺れる。 遠心力で体は傾き、肩が触れた。 「ごめんなさい……」 さっきまで普通に話せていたのに、 変に意識してしまって上手く言葉が出て来ない。火照った顔を見られないようにと両手で隠した。 「具合悪い? 支えるから寄り掛かっていいよ」 お酒に酔っているのだろうと、心配した三崎君の腕が私の肩に周り、そっと引き寄せられた。 途端に心臓が早く動き出し、熱くなった血液が体中を駆け巡る。 「ごめんなさい。少しだけ寄り掛からせて」 「ん、肩の力を抜いて楽にして」 「ありがとう」 三崎君から漂う香水のラストノートが、目を閉じた私を包み込む。 ずるい私は、具合の悪い振りをして、三崎君の優しさに甘えている。 自分が既婚者である以上、この先に進んだら不倫になってしまう。 それは、三崎君が今まで努力して積み上げて来た社会的地位を脅かす結果になるかもしれない。 三崎君との未来を望むなら、刹那的に求めてはいけないと、心に警笛が鳴り響く。 「三崎君……」 それなのに耳元で悪魔の囁きが聴こえる 里美の家に泊まる予定だったのに、変更になったのを私は健治に伝えていない……。  
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