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タクシーの車窓から見える景色は、見慣れた街並み。
自宅マンションの近くまで来ていた。
「ごめん、電話の内容が聞こえて……。病院まで一緒に行こうか?」
私は、静かに首を横に振る。
「ありがとう。どれくらい時間がかかるかわからないし、病院には母も居るから大丈夫」
「そう、何か力になれればいいんだけど」
「お気持ちだけもらっておくね。あっ、病状でわからない事があったら聞いてもいい?」
「ん、いくらでも聞いて、連絡待っているよ」
タクシーがスピードを落とし、マンションの前に停まる。
車から降りた私の横を吹き抜ける風が、ひんやりと冷たく感じられた。
お天気が崩れるのかも……。
「三崎君、今日はありがとう」
「美緒さんも無理しないで、困った事があったらいつでも連絡して」
「ありがとう、頼りにしている。じゃあ、おやすみなさい」
車のテールランプが見えなくなると、思わずため息が漏れた。
なんだか、心の中がグチャグチャで、考えがまとまらない。
「部屋にもどって、病院へ行く仕度をしないと」
自分に言い聞かせるように口にして、部屋へ向かう。
玄関ドアの前まで着くと、気持ちを切り替えるように、両手でパチンと頬を叩いた。
「ただいま」
と、ドアを開けると部屋は暗く、人の気配がない。
健治は出かけるとは言っていなかったし、連絡もなかった。
「健治は、寝てるのかな?」
寝室のドアをそっと開ける。
でも、ベッドにも姿はない。
「私が帰らない予定だったから、どこかに出かけたんだ……」
暗い部屋の中、モヤモヤとした気持ちだけが募っていく。
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