22

5/10
前へ
/162ページ
次へ
「うっ……」 胃の奥から突き上げてくる。 洗面台へと駆け込み、胃の中が空っぽになるまで吐き続ける。  それでも、胸のムカつきは治まらず、黄色い胃液を戻した。 今まで体験した無い苦しさだ。 「あの日、疲れて寝てしまって……ピルを飲み忘れたんだ」    心当たりはあった。相手は成明だ。  結婚したのだから子供が出来ても、問題はない。 けれど、何かとうるさい父親の目からやっと離れられたのだ。  せっかく自由になれたのに、子供なんて出来たなら、何もかもが台無しになってしまう。  それに、大きくなったお腹を抱える自分の姿を想像するだけで、ゾワリと鳥肌が立つ。 「わたしが、成明の子供を産むの? 冗談じゃないわ」  体形が崩れることも、自由な時間を奪われることも、受け入れられない。  妊娠に対して、負の感情しか湧かなかった。  後継ぎ後継ぎとうるさい父親に妊娠した事を知られないように、ひっそりと診察をしているような町医者を探して、どうにかするとしか、考えられくなっていた。  夫である成明に相談しようなどと、微塵も思わなかったのだ。  午前中に手術を受ければ、夕方には帰れるという説明で、わたしは何の疑いもなく、堕胎手術を日帰りの予定で受けた。  もちろん、同意書は、成明の名前を筆跡をまねて書き入れ偽造した。    これで、誰にも知られずに元通りの生活に戻れると、この時までは信じていた。
/162ページ

最初のコメントを投稿しよう!

314人が本棚に入れています
本棚に追加