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「うっ……」
胃の奥から突き上げてくる。
洗面台へと駆け込み、胃の中が空っぽになるまで吐き続ける。
それでも、胸のムカつきは治まらず、黄色い胃液を戻した。
今まで体験した無い苦しさだ。
「あの日、疲れて寝てしまって……ピルを飲み忘れたんだ」
心当たりはあった。相手は成明だ。
結婚したのだから子供が出来ても、問題はない。
けれど、何かとうるさい父親の目からやっと離れられたのだ。
せっかく自由になれたのに、子供なんて出来たなら、何もかもが台無しになってしまう。
それに、大きくなったお腹を抱える自分の姿を想像するだけで、ゾワリと鳥肌が立つ。
「わたしが、成明の子供を産むの? 冗談じゃないわ」
体形が崩れることも、自由な時間を奪われることも、受け入れられない。
妊娠に対して、負の感情しか湧かなかった。
後継ぎ後継ぎとうるさい父親に妊娠した事を知られないように、ひっそりと診察をしているような町医者を探して、どうにかするとしか、考えられくなっていた。
夫である成明に相談しようなどと、微塵も思わなかったのだ。
午前中に手術を受ければ、夕方には帰れるという説明で、わたしは何の疑いもなく、堕胎手術を日帰りの予定で受けた。
もちろん、同意書は、成明の名前を筆跡をまねて書き入れ偽造した。
これで、誰にも知られずに元通りの生活に戻れると、この時までは信じていた。
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