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 路線バスに乗って30分、郊外の新興住宅地の一角にある実家の玄関ドアを開けた。 「ただいま」と声を掛けると、キッチンの方からパタパタとスリッパの音がして「あら、珍しい」と母の早苗が顔を覗かせる。 「たまには、顔見せないとね。お母さん、おばあちゃんの調子はどう?」  廊下を進みながら祖母の容態を聞くと体調を崩しお医者さんの往診を頼んだそうだ。肺炎になりかけだったらしく、注射で症状が落ち着いてきたという。年配者の肺炎は命取りになることも多い。熱も下がり症状が改善したと聞いて胸をなでおろす。    祖母の部屋のドアをそっと開け、様子を窺う。 「おばあちゃん、具合はどう?」 「美緒ちゃん、来てくれたの?」    布団の中から顔を出した祖母の嬉しそうな声がした。 「熱が出たって、聞いてビックリしちゃった。少し良くなったみたいで良かった」   「美緒ちゃんの赤ちゃんを見るまでは、まだまだ死ねないわ」  祖母の口から出た”赤ちゃん”と言う単語にゾワリとする。  夫婦の状態でさえ危ういのに赤ちゃんなんて望めない。健治との生活をちゃんと考えないといけない。赤ちゃんは、その後の話だ。  祖母になんと返事をしていいのか分からず、ぎこちない笑顔を浮かべ口を開いた。   「赤ちゃんは、まだまだ先だからおばあちゃんは、長生きしてね」 「美緒ちゃんは、昔からのんびりしているからねぇ。でも、結婚して2年でしょう。年も30になるんだから急がないとねぇ」  昔の人は、結婚、出産が当たり前の図式。こういう何気ない一言が出てしまうのは仕方ないと分かっているけど、心が軋む。 「こればかりは、授かりものだからね」    ぎこちない笑顔のまま返事をして、立ち上がり祖母の部屋を出た。
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