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  野々宮成明は、一瞬驚いたように目を見開いた。 「家内のご学友でしたか。果歩がお世話になっております」 「いえ、私の方こそ……」と、言葉を濁す。  果歩さんには主人がお世話に、と言いたい所だが、これ以上はまわりの目もある病室では語れない。  それに、私の存在がただの患者の家族ではなく、妻と関係のある人物として、成明の記憶に残れば、何かの機会に話し掛ける事もできるはずだ。 「あの……祖母をよろしくお願いします」 「はい、最善を尽くします」  診察が終り成明は、病室を後にした。  私は、知らないうちに緊張していたようで、手のひらをグッと握りしめていた。ゆっくりと開くと、爪の跡が手のひらに残っている。 「美緒、先生の奥さまと知り合いだったの?」  母の問いかけに、私は曖昧に微笑んだ。  まさか、主人の不倫の相手です、なんて説明できない。 「うん、大学の頃からの悪縁なの」  そう答えると、母は意味が理解できないようで、不思議そうな顔をしている。 「そうなの……」  そうつぶやいた母は、頬に手を当て納得がいかないと言った表情だ。 「それより、おばあちゃんの経過が順調で良かったね」  私は、自分へと向いていた話題を逸らすように水を向けた。 「ええ、このまま治療が順調なら1か月ほどで退院できるって言っていたわね」 「退院したら、実家にお手伝いに行くね」 「美緒も仕事があるんだから無理しないでいいのよ。この際だからお父さんにもいろいろしてもらうつもりよ」  母はいたずらっぽく父の様子を窺う。すると、父はバツが悪そうに一つ咳払いをした。 「そうね。お父さんも、男だからって甘えていないで、最低でも自分の世話ぐらいしないと、お母さんに捨てられちゃうね」  と、少し意地悪なことを父に言ってしまうのは、過去に父が浮気をした事が心に引っかかっているから。
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