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   恋人同士のように肩を寄せ合い、渋谷の雑踏に紛れて行くふたりの姿を、私は遠くから眺めているだけだった。  ライブでの興奮から冷や水を浴びせられたような衝撃。 周りのざわめきが消え、暗くなった街に独り取り残されている気がした。  血の気が、サーッと引いてよろけてしまう。 「先輩、大丈夫ですか?」  横に居た里美に脇を支えられ、ハッとした。 「ありがとう、ごめん。今、旦那が、そこのホテルから女と出てきた」  ボソッと呟く。言葉に出すと急に現実味を帯び、自分の上に降りかかってくる。  ”ああ、あれは、現実(リアル)だったんだ”と、腑に落ちた。  鼻の奥がツンとして、涙がジワリと浮かんでくる。  こんな往来で、ましてや後輩の前で泣きたくなくて、溢れそうになる涙を必死にこらえた。  私の様子がおかしい事を察してか、里美が声を掛けてくる。   「先輩、今日はウチに泊まってください。パーッと飲みましょうよ。ねっ!」  確かに、このまま自宅に帰って健治と顔を合わせたくない。  里美の誘いは、弱っていた私に、とても名案に思えた。 「ありがとう。泊まらせてもらっていいかな?」 「もちろん、泊まっていって下さい」  その言葉に素直にうなずくと手を差し出された。  細く柔らな手に、手を重ねる。  私の手を引きながら、歩き出した里美は、花が咲いたような明るい笑顔を浮かべる。
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