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 モヤモヤした気分のまま、自宅に着くと、すでに午後7時半すぎ。休む間もなく、部屋着に着替えて、家事を始める。  お米を研いで、早炊きのスイッチを押して、ご飯が炊けるまでにおかずを用意する。  今日は、鰈の煮つけ。醤油・日本酒・みりん・砂糖で汁をつくって魚を入れてコトコト煮込む。ショウガを細かく細切りにして最後の仕上げ用に準備をして。付け合わせのほうれん草の胡麻和えは、冷凍のほうれん草をチンしてゴマと醬油・砂糖・お酒で味付ける。後は、長ネギとワカメのお味噌汁とお新香でカンペキ!  出来上がって、ふーっと息を吐きながら、時計を見ると午後8時過ぎ。スマホを確認しても健治からのメッセージは入っていない。帰って来てからというか、仕事でもずっと立ちっぱなしだった事を思い出し、ドッと疲れが出た。午後8時半まで待って帰って来ないようなら先にご飯を食べてしまおう。  でも今、腰を下ろしたらもう立ち上がりたくなくなる。気力を振り絞り、お風呂掃除を始めた。  美味しいご飯。気持ち良く入れるお風呂。用意してある事が当たり前になって、その価値を認めてもらえない。健治にとって、私は、妻という役所の当たり前を提供する人の存在なのだろうか。  そんなことを考えていたら、玄関ドアの開く音が聞こえて来る。浴槽をざっとシャワーで泡を流し、スイッチを入れて声を掛けた。 「お帰り、健治」   「ただいま」  ここ数日、健治を避けていた私は、久しぶりに健治を見た様な気がした。 「ご飯、出来ているよ」 「悪いな、ありがとう」    そう言って、ふわりと微笑む健治。今まで、その笑顔を疑った事などなかった。   「おー、美味そうだな。こういう家庭料理が一番いいよな」  上手い事を言って、いつの間にか健治のペースに引き込まれてしまう。健治は天然の人タラシだ。  ネクタイを外し、部屋着に着替える健治を横目に、ご飯や味噌汁をテーブルに並べた。ダイニングテーブルに向かい合い、二人で夕食を取る。何気ない日常なのに私は、酷く緊張している。
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