5

4/11
前へ
/152ページ
次へ
 ホッとしている自分が居る。  健治の事が、ずっと好きだった。  優柔不断な私を、引っ張ってくれる強引な所も、包み込むような優しさも、私は信じていた。    向かいに座る健治の様子を窺うようにチラリと見ると、私の視線に気づいたのか、視線が絡んだ。  すると、健治がフッと微笑む。    その笑顔が好きだった。  大学生の頃は、いつも遠くから見るだけで、私の方を向く事は無かったけれど、今は私に笑い掛けてくれる。  ただ、私一人だけのモノではなかったとは思いもよらなかった。  だからこそ、言わなくちゃ。  元カノとホテルから出て来たのを見たと言わなくちゃ。  息を吸い込み、消えそうな決心を奮い立たせた。   「健治、あのね……」  瞬間、健治が何かを思い出したように話し出す。   「ん? あ、そうだ、チョットいい店にしたからオシャレして、待ち合わせしような」  たちまち、決心が吹き飛んでしまう。情けない自分自身が嫌いになりそう。   私は、細く息を吐き出した。   「……わかった。ありがとう」    結局、肝心な事は何も言えないまま、週末の約束をしてしまった。  自己嫌悪に陥りながら、キッチンで片づけを始める。  使った食器を水道水とスポンジで軽く洗い流し、食洗器に並べていく。  キレイに納まっていくお皿。  こんな風に自分の心も片付けられるといいのに……。  私の心の中は、流しに積み上げられた、洗う前の汚れたお皿のようだ。  ごちゃごちゃで、薄汚れている。
/152ページ

最初のコメントを投稿しよう!

259人が本棚に入れています
本棚に追加