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 心が削られて行くような時間を過ごし、気が付けば、時計の針は午前0時を越えていた。  やっと帰ってきた自宅マンション、その玄関を開くと、自分の家の空気感にホッとする。  ソファーに吸い込まれるようにクッタリと身を預けた。すると、健治が床に膝をつき、私の目の高さで話し掛けてくる。 「美緒、お風呂どうする? 貧血で倒れたばかりだから止めておくか?」 「んー、明日の午前中は仕事だから顔を洗って寝る」  出来れば、このまま目を瞑り眠り込んでしまいたいほど身が重い。  心も体も疲れ切っていた。   「仕事、休まなくて良いのか?」  健治の手が伸び、私の首筋に添わす。それは、そっと包むような触れ方で私を心配している事が伝わった。  でも、今はその優しささえも、作られたもののように感じてしまい、健治の手から逃げるように身をよじらせた。 「感染症でも無いし、仲間に迷惑かけられないから、半日だけだし、頑張るよ」 「美緒が帰ってくるのを、待っているよ。話をしよう」 「うん……わかった」  眉尻を下げ心配そうに覗き込んだ健治は、何かを言いたそうにしていた。でも、それは言葉として発せられる事が無く、健治は所在なし気にリビングから出てバスルームへ向かった。  明日、仕事から帰って来て健治と話をする。  健治の事はまだ好きなのに、信じる事が出来ない。  健治との将来が、見えなくなっている。  このまま健治と結婚生活を続けて行くのか、離れて行くのか、自分の心が定まらない。
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