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 自分のマンションの玄関ドアを開けるのに緊張するなんて……。  気持ちを落ち着けるように大きく深呼吸をしてからドアを開けた。 「ただいま」  洗面所に入り、手洗い・うがいをする。そのままクレンジングオイルでメイクを落とし、洗顔まで済ませると、目の前にある鏡には、スッピンの自分が写っている。  果歩と比べると綺麗じゃないけど、これが私。  もう、なるようになれ。  洗面所を出て、リビングの扉の前に立つ、緊張をほぐすように大きく深呼吸をしてがら扉を開いた。 「おかえり、具合はどう?」    健治が、ソファーから立ち上がり、そっと私の首筋に手を添わせ様子を伺う。首を傾げた健治に見つめられ、それを躱すように俯いた。 「隣の病院で見てもらって、処方箋出してもらったの」 「そう。無理すんなよ。お昼ご飯まだだよな。中華粥作ってみたんだ。今、よそってくるから座っていろよ」  ダイニングテーブルの上に視線を移すと、小皿がたくさん並んでいて、その中に搾菜や梅干し、青ネギ、クコの実、シラス、明太子など和風と中華の食材が置かれていた。  椅子に腰かけ、カウンター越しにいる健治を見ると視線が絡む。すると、健治は優しく微笑み掛けてくる。  覚悟を決めてこの部屋に入ったはずなのに、健治に優しくされて困惑する。  まるで、柔らかい見えない糸に絡み取られているようにさえ思えた。 「はい、熱いから気を付けて」    少し深めの中鉢に入った中華粥が目の前に置かれた。  このお皿は、健治と沖縄へいった時に買ったやちむんのお皿だ。  温かい色合いが二人で気に入って、お土産に買った思い出のお皿。  用意された器に過去の楽しかった記憶が引き起こされて、それが私を縛り付ける。
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