9

7/13
前へ
/152ページ
次へ
 美緒を繋ぎとめるための言葉を吐いた。  それでも緊張していたのか、手のひらが汗でジットリと湿った気がする。  ふたりの間に流れる沈黙を刻むような壁掛け時計の秒針の音が耳に付く。  沈黙に耐え兼ねたのか、先に話し出したのは美緒だった。 「お願い、もう浮気しないで……。私、凄く傷ついたんだよ。ずっと、悩んだんだよ」  そう言って、つぶらな瞳から、ハラハラと涙がこぼれ落ちる。  俺は立ち上がり、頬を濡らす美緒へゆっくりと近づいた。  そして、床に膝をつき、低い位置から美緒を見上げる。  俺のために涙を流す美緒が、可愛くて愛おしい。   「ごめんな。俺が軽率だったよ。美緒の事を悲しませるような事をしてバカだった。反省している」  涙で濡れた頬に、そっと手を添えた。  純真無垢な美緒が、俺のような汚れた男に捕まるなんて、気の毒に思う。  だから、せめて美緒が望むような言葉を紡ごう。 「もう浮気はしないと誓うよ。美緒を大切にする。だから、美緒の事を抱きしめさせて欲しい」  美緒の口元が何かを言いたげに、わななく。けれど、発した言葉は短かった。 「……うん」  そして、俺の胸に飛び込んで来る。  美緒の細い肩を抱きしめながら、俺は満たされていた。  優しさと言う甘い罠に囚われた美緒は俺の腕に抱かれている。
/152ページ

最初のコメントを投稿しよう!

258人が本棚に入れています
本棚に追加