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10
月曜日。
カーテンの隙間から差し込む光に朝の気配を感じて、私はベッドからそっと起き上がる。
その横で健治が、まだ眠そうに目を擦りながら、柔らかな微笑みを浮かべた。
「おはよう」
「おはよう。そろそろ起きる時間だね」
何でもない朝の挨拶。
日常の会話を交わせるのは、とても幸せな出来事。それを手放したくない私は、言わなければならない言葉を心の中に仕舞い込んだまま、いつも道りに振る舞う。
思いのたけをすべてをぶつけたなら、一時的に気は晴れても、ふたりの間にわだかまりが残るだろう。
胃の奥がヒリつくような時間を過ごし、気持ちが落ち着くまで辛い状態が続くはずだ。そんな時間を過ごすぐらいなら、これで良かったと思う事にした。
健治とテーブルに向かい合い、朝食を取り始める。
何気ない日常の会話。心の傷が癒えていない私には、健治の一言一言が疑わしいモノに感じられた。
「今日も遅いの?」
「んー、遅いかも。わからないから、夕飯の心配しなくていいよ」
「そうか」
「ごめんな。そろそろ異動の時期だから、地方に行ったりはしないだろうけど、配置替えがあるみたいなんだ」
「わたしも確率は低いけど配置換え無いわけじゃないんだ」
「そうそう、リーマンの宿命だな」
明るい調子で会話を弾ませても、何かが引っかかっている気がする。
そう、裏切られていたという事実を覆い隠すのは、簡単ではない。
仕事が遅いと聞くと、本当は果歩と別れていなくて、どこかで会っているのでは?と疑念が湧く。
健治の仕事が忙しいと知ってるのに、信じきれないのだ。
私の気持ちを追い立てるようにコチコチと時計の音が響く。
ふと、壁掛け時計に目をやると出勤時間が迫っていた。
「あ、遅刻しちゃう。まだ、ゴミ集めていないのに」
「ゴミは俺がやって置くから、先に出ていいよ」
「うん、ありがとう」
「行ってらっしゃい」
ひらひらと手を振る健治に「行ってきます」と言って家を飛び出した。
ゴミ出しなんて今までやってくれなかったのに、健治なりに色々反省しているのかもしれない。
それなのに、心がモヤモヤする。
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