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月曜日。 カーテンの隙間から差し込む光に朝の気配を感じて、私はベッドからそっと起き上がる。 その横で健治が、まだ眠そうに目を擦りながら、柔らかな微笑みを浮かべた。 「おはよう」  「おはよう。そろそろ起きる時間だね」  何でもない朝の挨拶。 日常の会話を交わせるのは、とても幸せな出来事。それを手放したくない私は、言わなければならない言葉を心の中に仕舞い込んだまま、いつも道りに振る舞う。  思いのたけをすべてをぶつけたなら、一時的に気は晴れても、ふたりの間にわだかまりが残るだろう。  胃の奥がヒリつくような時間を過ごし、気持ちが落ち着くまで辛い状態が続くはずだ。そんな時間を過ごすぐらいなら、これで良かったと思う事にした。    健治とテーブルに向かい合い、朝食を取り始める。  何気ない日常の会話。心の傷が癒えていない私には、健治の一言一言が疑わしいモノに感じられた。   「今日も遅いの?」 「んー、遅いかも。わからないから、夕飯の心配しなくていいよ」 「そうか」 「ごめんな。そろそろ異動の時期だから、地方に行ったりはしないだろうけど、配置替えがあるみたいなんだ」 「わたしも確率は低いけど配置換え無いわけじゃないんだ」 「そうそう、リーマンの宿命だな」  明るい調子で会話を弾ませても、何かが引っかかっている気がする。 そう、裏切られていたという事実を覆い隠すのは、簡単ではない。  仕事が遅いと聞くと、本当は果歩と別れていなくて、どこかで会っているのでは?と疑念が湧く。  健治の仕事が忙しいと知ってるのに、信じきれないのだ。  私の気持ちを追い立てるようにコチコチと時計の音が響く。 ふと、壁掛け時計に目をやると出勤時間が迫っていた。 「あ、遅刻しちゃう。まだ、ゴミ集めていないのに」 「ゴミは俺がやって置くから、先に出ていいよ」 「うん、ありがとう」 「行ってらっしゃい」  ひらひらと手を振る健治に「行ってきます」と言って家を飛び出した。  ゴミ出しなんて今までやってくれなかったのに、健治なりに色々反省しているのかもしれない。  それなのに、心がモヤモヤする。
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