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 太陽もてっぺんを通り過ぎ、さすがに小腹が空いてきた。  ベッドから起き上がり、廊下の先ににあるリビングのドアを開ける。 ソファーに座っていた美緒が、驚いたようにパッと顔を上げ、手にしていたスマホを慌てて隠すように、エプロンのポケットに仕舞い込むのが見えた。  美緒らしくない様子が、心に引っかかった。   「おはよう」  声を掛けると、美緒はふわりと笑って見せてから、不貞腐れたように頬を膨らませる。   「今頃、おはようって、健治ってば、お昼過ぎてるよ」 「ゴメン、今度、配置換えで栢浜(かやはま)市の担当になったんだ。今までの地区での引継ぎと栢浜(かやはま)の引継ぎが有って、めちゃくちゃ忙しくて」 「それだと、疲れが溜まってもしょうがないね。今、コーヒー淹れるから」 「悪いけど、軽く食べれる物も作ってくれる?」 「うん、わかった」  美緒はキッチンに入り、調理を始めた。コトコトと、まな板の上で野菜を刻む音がとても心地よく聞こえる。  普段と変わらない美緒の様子にホッとして、その様子をぼんやりと眺めていると、何かを思いついたように美緒が顔を向けた。 「栢浜(かやはま)だと、もしかして……」    不倫バレをしている手前、その後ろめたさから、ドクンと心臓が跳ねた。  野々宮果歩の実家の事を美緒に伝えなければ、新たな誤解の種になると思い、焦って言い訳をする。 「それが栢浜(かやはま)市だと『緑原総合病院』も担当区域なんだ。野々宮の実家の『緑原総合病院』にも行かないといけないんだ。あくまでも仕事で行くだけだし、病院経営には関わっていない野々宮とは会う事もないから……」  言ったとたん、シマッタと思った。  なぜなら、美緒がヒュッと息を飲み込み、顔をこわばらせたからだ。    確かに栢浜(かやはま)市の担当になれば『緑原総合病院』にMRとして出入りするのは、至極当然の事だ。わざわざ、美緒に言ったのは、誤解を防ぐためだというのを、わかってほしかった。 ただ、それは不倫をシタ側の俺が、言う事じゃなかったのだ。  だけど、やっと、落ち着いて来た傷口を抉ってしまったのかも、知れない。 ふたりの間に漂う気まずい沈黙は、まるで、直りかけの傷口の瘡蓋をむりやり剥がした時の嫌な痛みとよく似ていた。  
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