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Side 健治  栢浜(かやはま)市の担当になって半月が経ったと言うのに、営業の手ごたえがまったくと言っていい程掴めず、俺は酷く疲れていた。  異動の挨拶周りには、その地区の班の担当者と一緒に2人1組で回る。  今までの経験だと挨拶に行けば、小さな取引であっても今後の付き合いを兼ねて成立することがある。  だが、ここ栢浜(かやはま)市においては、なかなかどうして思うように事が運ばなかった。  やはり、栢浜(かやはま)市に本社・工場を置いている三栄製薬の影響が大きいようだ。  連日、遅くまで動いているのに結果に繋がらながらない。 寝に帰るだけの毎日では、美緒と会話する時間も取れない。  美緒に別れを切り出されないように言った自分の言葉が重く圧し掛かる。 「直ぐに結論を出さずに美緒は俺の更生期間だと思って暫く過ごす、その間、もしも俺が美緒を裏切るような真似をしたら、その時は美緒から俺に三下り半を突き付けていいんだ。俺は、美緒の事を大切にする」  大事にしようと決めたそばから社畜のように働き続けている。  午後6時頃、病院診察終了時間帯を狙って、先生に挨拶と顔つなぎの訪問。特に異動になったばかりの今は、マメに動かないと仕事に繋がらない。  その後、会社のデスクに戻り、積み重なっている未処理の書類の山にため息を漏らす。  買ってきたコンビニ飯をかきこみ、「さあ、もうひと仕事」と伸びをした。  不意に社用携帯が鳴り出した。画面は、見覚えのない番号が表示される。  おそらく、挨拶させてもらった病院からだと、予測して画面をタップした。 「㈱アルゴファーマ 医薬情報担当 統括 菅生健治です」  耳に当てた電話からクスクス笑いが聞こえて来る。いたずら電話かと思い、訝し気に画面を睨みつける。  それでも、社用携帯だ。念のため声を掛けた。 「失礼、どちら様でしょうか」 「お久しぶり、健治。ねえ、良い話があるの。これから会えない?」  聞き覚えのある声、喋り方。  頭の中に警告音が鳴り響く。  短く息を吐き呼吸を整えてから名前を呼ぶ。 「野々宮様、お世話になっております」  
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