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*  緊張して乾いた喉を潤すように一気にジントニックを飲み干すと、横から野々宮のクスクスと笑う声が聞こえて来る。 「ホント、せっかちね。そんなんじゃ、まとまる取引を不意にするわよ」  ブラッティマリーが、野々宮の赤い唇の間に飲み込まれていく。  そして、濡れた唇を舌先で舐め上げ、ネットリとした視線を送られる。 「ねぇ、部屋を取ってあるの。二人で楽しみましょうよ」 「よせよ。俺たちは別れたんだ。それに、お互い家庭があるんだし」 「あなたの欲しい情報をあげるわ。いいでしょう?」  予想していた事とはいえ、戸惑いを隠せなかった。 「イヤ、ダメだよ。物事には、引き際があるんだよ」 「じゃあ、このUSBメモリは、いらないのね。うちの病院の薬価の取引価格が入っているのに」  野々宮は、手品のように手の平からUSBメモリを出し、クルクルと見せびらかし気味にかざした。  薬価の取引価格。  平たく言えば、薬の仕入れ価格。  販売価格(公定価格)は国(厚労省)が価格を決めている。  診療報酬にもとづく保険医療においては、医師はその中から薬を選んで処方しなければならない。現在、薬価基準に載っている薬は、内用薬と外用薬、それと注射薬を合わせて約1万5千品目ほど。  仕入れ値は、製薬会社と病院の間で取り決め、取り引きを行っている。  後発医薬品(ジェネリック)など、どの会社でも取り扱いのある薬は、仕入れ価格が1円、1銭でも安ければ、それだけ病院の利益に繋がる。  野々宮の実家『緑原総合病院』で取り扱う薬は、相当な数だ。  例えば、三栄製薬が1錠10円で卸しているならば、アルゴファーマは1錠9円50銭で商談を持ち掛ける事が出来る。  オセロゲームの逆転劇のように薬の取り扱いを一気に増やすチャンスがやってくるのだ。  あのUSBを欲しがらない理由など見つからない。  しかし、手に入れる対価として美緒を裏切る事になる。  自分で言った言葉が、自分に重くのしかかる。  
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