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「しかし、お前さんも損な役回りだな」
白髪頭を掻きむしりながら、ハーティ・ホイルが人懐っこい笑みを浮かべた。
「ナセルとは、殺し合う理由がない。
成り行きで敵同士になってしまっただけさ ───」
窓の外には黒くそそり立つ山が連なり、先ほどから降り始めたにわか雨が視界を濡らしていた。
「ほれ、砂漠も悲しいとさ。
天気ってやつは、意外と人間の心を写しているものさ」
「確かに、今日は湿っぽくなる気分かも知れないな」
計器の上に手を突いて、クリスは黒い雲に覆われた空をぼんやりと見上げる。
灼熱の砂が広がる平地と、荒々しく尖った岩肌は、人を寄せ付けない過酷なアルバラという風土がもたらす風景である。
そして泥沼化する紛争が、大きくなり続けて今に至る。
戦争が起これば武器を売り込みに商人がやって来て、敵味方関係なく金さえ払えば武器を売る。
つまり、金が尽きた方が負けるのが、現代の戦争である。
個人の信念よりも、最新の武器に、とりわけこの地では戦闘機を手に入れなくてはならない。
その戦闘機を手足のように操るパイロットも勿論である。
「政府軍も、反政府軍も、ドッグファイトにおいては外人部隊の敵ではない。
ほとんど七面鳥撃ちだ」
「そいつは、死線をくぐったエトランゼの連中が特別なのさ」
頭を抱えてクリスはハーティに背を向けた。
「俺は、時々恐ろしくなる。
自分が、ただの殺戮をしているのではないかと ───」
「ワシも同じさ。
武器を売っていれば、戦争を大きくしているようなものだ。
そろそろ潮時だと思っている。
お前さんのように、自分の行く末を本気で考える人間が近頃増えてきた。
お陰で、ワシも自己嫌悪に駆られるようになってな」
ツカツカとドアに向かって歩いて行くと、老人は背中を向けたまま言った。
「国を捨て、信念を捨て、家族を捨て、人生を捨て、未来を捨て、魂を捨てても残った物がある」
「それは、何だ ───」
「『男の尊厳』だよ」
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