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敵の基地に潜入しているというのに、娘は若い友人でも見つけたかのように共に笑った。
そしてゼツ自身も、自分に向けた殺気がほとんど感じられないことに違和感を感じていた。
「アル・サドンのゼツ・ノエル・オリベールです」
管制塔まで来るようにと、整備兵に言われてやって来たが、ドアは開け放たれて、廊下をジョギングしていた兵士も一瞥しただけで走り去って行った。
レーダーを見ていたクリスが振り向くと、握手を求めてきた。
「司令官のクリスティ・ドゥイ・ブロトン大佐だ。
あなたに撃たれたファリド・ハッサンは、故郷のアラブに送ったよ。
鮮やかな手際だな。
正規軍には『スパイなど、くそくらえだ』と打っておいたぞ」
両手を小さく上げて、降参した、というポーズを取りながら言った。
「戦闘機ではお宅の若い兵士に撃ち落とされそうになったがね。
地上に降りれば私の土俵だよ」
「ガルーサ社の大佐だそうだな。
うちにも何人か来ている。
まあ、外人部隊の人間関係は複雑だ」
外に目をやると、陽は沈み、雨粒が窓ガラスを伝って流れていた。
「ナセル指令から、クリス指令によろしくと言われてね」
やや厚底の靴を手で取り上げると、踵の部分から小さなチップを取り出した。
「これは ───」
「パスワードは『ガラク』、私の娘の名だ」
コンピュータでデータを開いたクリスは、頬に拳を当てて唸った。
「そういうことだ。
総力戦に備えて、お互いに無益な血を流さないための措置だと思って欲しい」
収められていたのは、最後の決戦になったときに基地を捨て、正規軍を切り抜けて再起を図るための飛行ルートと、落ち合うポイント、そして使用する暗号などだった。
「やはり、ナセルも感じているか」
正規軍には、最後まで守り抜く国がある。
だが、外人部隊は寄せ集めの雇われた兵士である。
敵味方に分かれているからと言って、崩壊しようとしている国のために死ぬ理由はない。
まして、ナセルもクリスも旧知の仲である。
「内通を知ってしまった者は、始末されるのが世の常だが ───」
シールドという、ポピュラーな拳銃を腰にピッタリ押し付けたまま、銃口をゼツに向けた。
「まあ、流石にそう来るだろうな」
両手を上げて、目を伏せたゼツはクリスの言葉を待った。
だが何も言わず、銃をホルスターに収めてクリスも窓ガラスの雨粒に視線を移した。
「ホーネットのパイロットだが」
「ああ、私の夫、ラルフのことかい」
雨粒の向こうには、底知れぬ闇が広がっていた。
「奴は、死ぬかもしれないぞ」
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