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秋爾はかろうじて、いくら、と聞いた。
「気持ち次第の投げ銭。一万円払ったやつもいたぞ。だがさっきの女のように一銭も払わぬのはマナー違反だと思わぬか」
「……、」
返事に迷っているうちに、少年は半ば強引に秋爾を座らせ、右手を掴んで引っ張った。
汗のにじむ秋爾の手のひらを、少年は撫でたり、指でなぞったりし始める。
手相を見ているのかと思えばひっくり返して手甲の骨に触れたり、手首の血管をなぞって肘辺りまで探られる。
あまり触られたことのない場所をなぞる感覚に、思わず身震いする。
ここまでされれば女でなくとも気味が悪い。
秋爾は手を引っ込めようとしたが、少年のほうが先に強い力でそれを抑えてしまった。案外、力は強い。
一通り手を見終えると、不意に少年がぐっと近づいて、秋爾の眼の奥を見つめた。
彼の瞳に秋爾が映り込んでいるのがわかる距離だった。
自分の吐息が彼にかかってしまうような気がして秋爾は息を止めた。
「お前、ついてないな。悪い火が見える。」
「……火?」
少年は急に秋爾の手を離すと、今度は彼の後ろにある大きなカバンをごそごそと探り出し、中から模樣の書かれた紙とペンを取り出した。
「名前は? それから歳と、住所」
「……なんで」
「火にお前のことを聞くためだ。なに、別に後でダイレクトメールを送ろうなどとは思わぬ。この場で燃やすから案ずるな」
いよいよ本格的に何占いなのかわからなくなってきた。
タロットでも手相でも、占星術でもなさそうだ。
少年は秋爾から無理やり聞き出した情報を紙に書いていった。
小牧秋爾、三十二歳、住まいは――
秋爾の口から紡がれた個人情報は、少年の手によって、見たことのない文字へと変換されていく。
漢字でも仮名でもない。古い篆文にも見えるが、そもそも日本語ではない気がする。
紙の上で、秋爾の名前と住所が異国の文字らしきものに変換されていく。増殖していく文字列を見つめていると、その筆跡が本当は秋爾自身で、それが紙のうえでなにか別のものに変質していくような心地がした。
初めて見る占いの世界に、夜の世界は断絶され、秋爾は溺れていく。
「さて、さて。」
少年は背筋を伸ばすと、いつの間にか用意していた金属の皿の上にさっきの紙をのせ、ふぅ、と息を吹きかけた。
とたん、紙の端から水色の炎が上がる。
――手品?
ガス火のような、鮮やかな水色。それがあっという間に皿の上の紙を焼き尽くした。大きな火柱が立ち、その眩しさに秋爾は思わず顔を背けた。
なぜか熱は感じない。
少年はその炎に青白く照らされながら、目を細めてつぶやいた。
「……ふむ。お前いつも歩いて家に帰っているな。道を一つ変えろ。一番最後の分かれ道で遠回りをするんだ。いつもの道で帰ると今日は損をするぞ。」
「損って、どんな、」
「知らぬ。」
思わせぶりな切り方だった。これで終わりなら、助言はあまりにも雑すぎる。
秋爾は食い下がった。
「それだけなら金なんか払いたくない。もうちょっとなんかないのか。あんた占い師だろ、」
「知らぬものは知らぬ。火でわかることは限られている。これ以上は金を積んでも出てこないぞ。――さて、いくら払う?」
「……、」
秋爾は返す言葉に詰まった。
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