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夜道はいつもと何ら変わりがなかった。
隣接する公園から清らかな新緑の香りがし、側溝からは下水の匂いがした。
十二時を過ぎているせいで人通りはない。公園を取り囲むようにして立ち並ぶマンションには灯りがいくつかついているが、声はなく、道は静かだった。
升目状に区切られた道を、いつもの順番で曲がりながら行く。
――一番最後の分かれ道だぞ。遠回りをしろ。
しばらく歩き、その最後の分かれ道にさしかかる。
いつも通り右に曲がれば、最短でアパートに着く。
真っすぐ行く道は、アパートのちょうど裏側をぐるりと回ることになり、幾分遠回りだ。
どうする?
右を見る。建物と切れかけの街灯が続くばかりで、車すらない。静かで、何か起こる気配もなかった。すぐに家につく。
損をする、か。
これまで損ばかりしてきたのだから、多少損が増えたところで変わりはない。
少年の言う事を守っても守らなくても、どっちにしたって何も変わらないような気がした。
だが『当たったら金を払いに来い』と言ったあたり、よほど自信があるように感ぜられる。
――どうだ、言ったとおりだろう。
少年が自慢げに語る様子が目に見える気がして、秋爾は少しだけ可笑しく思った。
結局、言いつけ通り遠回りをすることにした。
しばらく歩き、ちょうど秋爾のアパートの裏側に差し掛かったあたりだった。
そう遠くない場所から甲高いブレーキ音が聞こえた。
続けざまにドカンと雷が落ちるような音がして、鼓膜と皮膚の奥が震えた。
厭な予感がした。
走って角を曲がり、アパートに面した道路に出ると、すでに人だかりができていた。人々に囲まれていたのは、運転席の潰れた一台の車。
ちょうど秋爾のアパートの入り口付近、電柱に突っ込んで大破していた。電柱はやや傾いている。あたりの街灯が消えていた。
秋爾は腹の奥から縮み上がった。
もしさっきの分岐をいつもどおり曲がっていたら、車が突っ込んだのは電柱ではなく、秋爾だったに違いない。
不意に、あの占い師の少年の笑い声が聞こえたような気がして振り返った。
誰もいない。
明日公園に行かなければならないのは確実だった。
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