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「来ると思っていた。」
少年は夜の公園で芝生の上にシートを敷き、その上であぐらをかいていた。今日も梅雨の湿気でベタベタとして暑いのに、昨日と同じ民族調の黒い毛織物のコートを着ている。
「どうだ、秋爾。言ったとおりだったろう」
秋爾が昨日の顛末を語ると、少年は満足そうな笑みを浮かべた。想像通りの反応だ。
「多少は俺を信じる気になったか。」
秋爾はその言葉には返さず、ポケットから財布を取り出した。
「金を……」
約束は約束だ。彼に渡すつもりでわざわざさっきATMで引き出した紙幣をまさぐった。だが、
「金は良い」
「え、でも、」
「金は良いと言っている。もっと別の礼が必要だ。いくぞ」
少年は立ち上がると、おもむろに商売道具をしまい始めた。
秋爾は混乱した。
この少年、占いは撒餌で、本当の目的は別にあるのではないか――。
「どこへ行くんだ、」
「詳しい話をしてやる。少し離れた場所に車をつけてあるからついてこい。そこで話す」
「……きみ、車を持っているのか。未成年なのに」
「未成年?」
少年はムッとして秋爾を睨み返した。
「とっくに成人しておるわ。何ら問題なかろう。」
反射的に、嘘だろ、と返した。それは彼の国での成人であって、実際は二十にも満たないのではないか。
「嘘ではない。二十五だ」
全くそんなふうには見えなかった。
てっきり、十七、八だとばかり思っていたのだが。
少年――もとい青年は手早く荷物をまとめると、大きなバックパックにぎゅうぎゅうに詰め込んで足早にその場を立ち去った。
車なら密室になる。彼の仲間が潜んでいるかもしれない。明らかに秋爾に不利な状況だ。
逃げるのなら今だ。青年の背が遠ざかっていく。
だが、どこに?
秋爾は今さら家に帰る気がしなかった。家に帰り、明日も無職だと思いながら寝るような気分ではない。どこにも行けず、何もできないのなら、青年に貶められるのも同じこと。
秋爾は彼の背を追った。
「待ってくれ、まだ名前を聞いていない」
彼は少しだけ驚いたようにして肩越しに秋爾を一瞥すると、
「ミニヌハナドゥ」
と笑いを含みながら呟いた。
幾分鼻に抜ける音を使う、聞き慣れない言葉だった。
それが名前として返されたのか、彼の土地の言葉で何か冗談を言ったのか、いったいどんな意味があるのかさっぱりだった。
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