一.秋爾――歓楽街

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一.秋爾――歓楽街

 ネオンの洪水と酔客の馬鹿騒ぎの中を、秋爾(しゅうじ)は一人で歩いていた。  とっくに日付は変わっているというのに、この歓楽街は眠ることも知らず、むしろここからが本番だというかのように――あるいは今ちょうど盛りを超え、これからまさに腐りゆく花の一番美しいときのようにそこらじゅうが光りに塗れていた。  二年見続けたこの景色ともしばしの別れだ。  パチンコ屋の清掃バイトは、ついさっき解雇となった。  どうにかして次の職を探さねばならない。  働き口ならこの近くでいくらでもあるだろうが、秋爾はなんだか探したいとも思えなかった。  貯金はない。  無職で休養するのにも限度はある。  だからすぐにでも再就職しなければならないのだが、気は進まない。 ――いっそ違う国にでも行ってしまえたら。  もう何年も前からそんな事を考えているのにもかかわらず、秋爾は未だにこの国の片隅の小さな街に囚われていた。  元勤め先のパチンコ店の裏口はすぐに遠ざかる。吐瀉物を避けながら歩き、バスターミナルのある広い公園に出る。  ここを横切るのが、アパートへの一番の近道だ。  公園では中年の男が、芝生の上にビニールシートを広げて何かを売っているいる。そういうシートは他にもあり、合法なのか非合法なのかわからぬ商売は道の両脇にいくつも続いた。  自作の詩を売るアーティスト、謎のカード屋、見たことのない銘柄のタバコを売るもの。  関わりたくはないが、いかにも怪しい商売の様子を見るのは好きだった。  秋爾は目線を巧みにそらしながらその店の横を通っていく。  道の中程に差し掛かったとき、突然女性の悲鳴が聞こえた。そう遠くない場所だ。 「最っ低!!」  同時に、目の前に若い女が飛び出してくる。秋爾は慌てて足を止めた。  女はどうやらビニールシートの店主と揉めたのか、その手を店主らしき男に掴まれていた。店主のほうはどう見ても十六、七の少年だった。  看板には下手くそな文字で《よくあたる! 占い!》と書かれている。こんなに蒸し暑い日にもかかわらず、店主は民族衣装風のコートで全身を覆っている。
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