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午後から降り始めた雨が窓を濡らしていた。今日はお客さんが少ない。
午後4時を過ぎたぐらいのときに、先輩はラップトップをカバンに閉まって立ち上がった。あ、帰るんだなって思い、私はレジの前に移動した。
思ったとおり、先輩は会計をしにやってきた。スマート決済が完了する音が響いた後だった。
「あ、ケーキを持ち帰りたいんですけど」
先輩がガラスのショーケースを見ながら言った。
「あ……あ、はい、かしこまひました」
予想外に話しかけられたので私は思い切り噛みながら応えた。
「このカシス風味のレアチーズケーキを2つください」
あ、それ下準備を私がやったケーキだ! と思うと耳がピョンと跳ね上がりそうになった。いや、待て待て喜んでいる場合じゃない。ケーキを出さなきゃ。
「はい! えーっと……2つ……って仰いました?」
「はい。2つです」
……2つ?
カットのチーズケーキはそれほど大きいものではない。
食べようと思えば量としては男の人ならば2つぐらい食べることができるんだろう。
でも、フツーに考えて、2つって言えば二人分じゃないか?
じゃあ……誰と?
家族兄弟姉妹?
でも先輩は一人っ子だよね(こんなの知ってると、また真野ちゃんに気持ち悪いって言われる)?
あれ? 第一、杉田先輩って甘いものそこまで好きじゃなかったよね(こんなの知ってると、また真野ちゃんに気持ち悪いって言われる)?
まぁ味の嗜好なんて変わるものかな?
あれ? 何の話だっけ?
脳内で妄想が繰り返される中、私は箱の中に2つのチーズケーキと保冷剤を入れた。
私の頭の中なのか、胸の中なのか、不安が錯綜していく。
これって女の人と食べるんじゃないかと。
「あの……」
私が先輩に声をかけようとしたそのときお店の扉が開いた。
少し逆光だったが明るい茶色のセミロング丈の髪の女性だとわかった。
私が「いらっしゃいませ」というより先に、女性が駆け足でこちらへ近寄ってきた。
「慧斗」
女性は呼んだ。杉田先輩の名前を。
先輩は振り返り、私に背を向けた。背を向けたまま先輩は右手を少し挙げた。
私の胸が何かに締めつけられる。考えたくはないことが頭の中をめぐる。
先輩は再び私の前に向き直った。
「今日、彼女が車の免許を取れたんです。それでお祝いに。ここのケーキおいしかったから」
少し気恥ずかしそうに先輩は笑った。
彼女のことを名もなき店員に話したことが恥ずかしかったのかもしれない。
ただ、私はそんな先輩の表情を見たことはなかった。
この人は何か特別な雰囲気を持ってる。私にないものを持ってる。ダメだ、否定意見が思いつかない。どう考えてもこの人は杉田先輩の彼女だぁぁぁぁ
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