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「ケーキの箱を握り潰さなかった自分を褒めてあげたいね」
私の言葉に真野ちゃんは「そっかー」と言いながらオニオンフライを手に取った。ハワイアンレストランは周りがガヤガヤとうるさい。
「でもさー、今までだって先輩に彼女がいたことはあったでしょ。そんなことでショック受けるほど若くもないでしょ」
それは真野ちゃんの言うとおりだった。
先輩に彼女がいたのは、もちろんこれが初めてじゃない。高校時代に私が知っているだけでも何人かいた。
「でもね、今回のは割とショックだった」
私が言うと「何を今更」と真野ちゃんが呆れた表情を見せた。
「恥ずかしそうな顔したんだよ」
「はい?」
「先輩がね」
「話が見えないんだけど」
先輩が私のバイト先のお店に来てたのは、近くにある車の教習所で彼女が教習を受けているからだった。その時間潰しに来ていただけだった。もちろん私に会いにきていたわけではなかった。
「恥ずかしそうな顔で彼女のためにケーキを買っていったんだ。彼女のためにね。そのときの表情は私が見たことない表情だった」
「……だから?」
私はテーブルに顔を突っ伏した。「どしたの?」と頭の上から真野ちゃんの声が聞こえた。
「私、先輩のことを何でも知ってる、そう思ってた。一番知っているのは私だと思ってた。でも、あんな表情みたことなかった。彼女のためにあんな表情を見せる……自惚れてたんだよ、私は。今度こそダメかな」
「そっか」
「いや、でも、もしかしたら、まだ未婚なら勝ち目があるのかなーとか少しだけ思ってたりなんかして……」
「いや、ないでしょ」
鋭い刃で切られた気分だった。でも、「違う」と否定できる要素もなかった。
「うん…………そう…………かぁ」
「そろそろ現実に帰ってきてよ」
「うん、ありがとね」
「感謝されることは言ってないよ」と真野ちゃんは苦笑した。
こうやって妄想癖の私を現実に繋ぎとめてくれる超現実派(私が創った用語)の真野ちゃんの存在は本当にありがたいと思っている。
でも、私は杉田先輩のことが大好きなんだ。
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