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「おなごのような顔をして何をそんなに気張っておる」
「離せ!二度と私に触れるな、無礼者め」
「おまえ、生意気に俺に逆らうのか。チッ、昔から変わらぬなぁ。いいからこちらを向かねぇ、これ」
グイ、と無理矢理肩をおさえられた若く美しい侍は、ありったけの力で抵抗した。相手は見上げるほど上背のある男だった。
路地の奥で押され、板塀にぶつかる。襟ははだけ、結った髪も乱れている。
目の前の大きな男もまた腰に刀を差した侍だった。
その男の顔が若い侍の肌に近づいたとき、ゴツっと鈍い音がした。
「ぎゃぁっ」
顔を押さえた大男から若い侍がするりと逃げ、そのまま路地を抜けて駆けていった。
「お前!タダですむと思うなよ!」
押さえた左の眼窩からは血が流れ、そばには手のひら大の石が落ちていた。
記憶が鮮明によみがえると、心臓がドクドクとしてきた。ふるえの収まらない右手を握り、部屋へと急いで戻る。もう一つの記憶、日向子の記憶をすぐに確認するためだ。
先ほど大垣と見ていた箱の中をひっくり返し、写真を入れている封筒をあけた。会社の旅行や納涼会、忘年会新年会など、プリントアウトされた写真を次々に確認する。
その中の一枚。それはさっき大垣と見ていた写真だった。
日向子のほかに四人がカメラを見てそれぞれポーズをとっている。今も社内にいる人間が多い。その後ろに、デスクに座った状態で移り込んでいる社員が三人。その中の一人、グレーのスーツで俯き気味の線の細い三十歳前後の社員。それが日向子の記憶の中の人物だった。
「この男は、今はいない、辞めたのか・・・?」
思い出したもう一つの記憶をたどってみる。
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