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その日、大垣は夢を見た。
目の前に日向子がいてきらきらと光の中で笑っている。日向子に手をのばす。するととたんに暗転する。
驚いて顔を上げると、目の前の日向子は髷と着物の侍の姿に変わっている。刀を二本差し、眼光鋭いの若い侍は大垣の手を払い、ザッと足を捌くと刀を抜いて構えた。
大垣が「あっ」と声を上げるまもなく刀は目の前に迫っていた。
目が覚めるとベッドの中にいた。まだ外は暗い。
「何かしたら本当に殺されそうだな」
まだ起きる時間には早すぎたが、せっかくならと弁当を作り始めた。
「モヤッてる時はこれに限るなあ。あ、そうだ、今日はおかずだけじゃなくてフルで持って行こうっと」
早朝のキッチンには、いつの間にか鼻歌が聞こえていた。
駅を降りて会社へ向かう道、日向子の後ろ姿が見えた。同じ電車だったようだ。
「おはようございます」
「おお、大垣殿。おはよう」
「日向子さん、殿っていうのはやめてください。いつもので良いです」
「そうか。どうもな、お主に話したら楽になってな、気を抜いていた。気を付けねばいけないな、私は正宗日向子だ」
「まじめだなぁ。そういうところが良いところですね。あ、そうだ、今日お弁当ありますよ。秋の味覚の自信作です」
「つくづくお前は男にしておくのがもったいない。良い嫁になるだろうに。世の中は上手くいかぬなぁ」
「あら、遠慮なさらずお嫁に貰ってくださいな。俺、毎日ご飯作りますよ」
「だからそれは受けられぬと申したはずだ。しつこいと斬るぞ」
「すみません、冗談です」
クスッと笑って二人はそろって出社した。
「正宗さーん。これ、またお願いします。今日は三件あるの。一件は専務から。ほかはいつもの社長のね」
「承知。出来たら連絡いたします」
「よろしくね~」
山本がいつものように依頼を託して帰って行った。
「挨拶状ですか?お礼状?」
「どちらもあるな」
「最初にコレ見た時はびっくりしましたよ。もうなれたけど」
「ふふふ、流石に筆で書く奴はおらぬようだからな。以前もやっていたらしいが、私はペンが持てなかったからな。ただ、毛筆になってから取引先にも受けが良いみたいだな。山本から聞いた」
昼前、日向子が席を外している間にお礼状を取りに山本が来た。
いつもの文箱をあけ、朝に頼んだお礼状を取り出して確認している。
「なんかさ、今日の正宗さん、いつもと違う気がしない?機嫌いいよね」
大垣は山本の言葉にドキリとした。
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