侍のような女

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侍のような女

「はあ・・・またか」 シャワーを浴び、一つ一つ丁寧に下着をつけ、鏡台の前で正座をする。メイク道具を広げ端からきれいに並んだ道具を一つ一つ取り、しっかりとメイクをする。 顎の線がキリリと鋭く、目は切れ長である。一見すると少年のようにも見える。切れ長の目は左の方がより鋭く奥二重で、右目は少しだけ優しく見える二重だった。 鏡の前でまるでお茶か何かの所作のように丁寧に一つずつメイク完成させる。 髪の毛を念入りに梳いて上で結ぶと、すこし太めのズボンのスーツを身にまとい、低いパンプスを履いて家を出た。 会社内のフロアは所々パーテーションで区切られていて、窓に近い場所に日向子のデスクはあった。 「正宗さーん。おはよう。出社早々ごめんだけど、社長からこれ五通だって。お願いします。今日中に出したいそうです」 「承知しました」 「終わったら内線ちょうだい。私、取りに来るから」 上のフロアの秘書課に在籍する山本は、日向子にメモと封筒を渡すとすぐに出て行った。、日向子は早速作業に取りかかる。 デスクの引き出しを開けると硯と筆、下敷きなどの習字道具が入っている。もう一段下には和紙の巻物や便せんなどがあった。 日向子は硯で墨を擦りながら、山本からもらったメモを見ている。 「正宗さん、お礼状ですか?」 声をかけたのは隣の席の大垣直高だ。今年の春に支社から本社へ移動してきた。日向子より二年後輩になる。 「ああ、昨日会合があったそうだ」 大垣と話しながら日向子はさらさらと文字を書き始めた。 達筆。 「すごい字ですね。こういうの、習うんですか?」 「ああ、お主は習わなかったのか。男のくせに軟弱な。体も全くできておらぬし、それで家が守れるのか?戦になったらどうするのだ」 椅子の上に正座をして挨拶状を書いている日向子は大垣に説教を始めた。 「まったく、情けない」 「なんか、侍みたいですよね」 「みたいではない、侍だ。愚弄するなら、お主、切るぞ」 「すいません」 それが大垣と日向子のファーストインパクトだ。 初対面のインパクトは強烈だった。大垣は侍のような話し方をする正宗日向子に俄然興味がわいた。 本社移動となった春に出会い、三ヶ月たった今もなおそれは継続中だ。 大垣はこの三ヶ月、正宗日向子について調べていた。 大垣が移動する半年前に怪我をして入院していたこと、その際に頭を打って後遺症があることがわかった。いわゆる記憶喪失みたいなもので、この話し方も怪我の後からだそうだ。 大垣が移動する一ヶ月前に仕事復帰を果たした。それまでは通常の生活ができるようにトレーニングをしていたそうだ。なんでも、服の着方や電気や水道の使い方まで忘れてしまっていたらしい。 だけど、性格などはあまり変わっていないようで、真面目で正義感の強い彼女は、社内でもわりと信頼されているようだった。 それに、なんだかんだいって優秀なのである。 知れば知るほど日向子に興味がわくのだった。
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