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家にくる前に日向子の言っていた「見せたいもの」を大垣は聞いた。
日向子は部屋の奥の押入をあけると小さな箱を持ってきた。
「私がもし消えたとして、その後、日向子の記憶がどのようになるのか私には見当がつかない」
「なんですか、急に」
「これは、日向子のもっていたものだが、私は目が覚めてからこれをずっとたどって、何度も記憶を呼び起こそうとしていた。だけど、そもそも私は日向子ではないからな。思い出すということが出来なかったようだ」
そこには小さなアルバムやシールになった写真、社員旅行の写真、手帳やノートなどが入っていた。
「だからもし、私が急にいなくなったら、日向子がお前を覚えていないかもしれないのだ。もしかしたら私と一緒にお前の記憶もなくなってしまうかもしれない」
「・・・わかりました。大丈夫ですよ。そうしたらまたはじめからやり直しますから」
「そうか、ならば良い」
「それをわざわざ俺に?」
「ああ。お前は私の恩人だからな。なんとかなると思って一人で暮らし、会社にも行ってみたが、お前が来た頃は心が折れそうだった。あの時お前がいなかったら、私はどうなっていたか・・・」
杯の中を見つめる日向子の姿が、一瞬だけ侍の姿に見えたような気がした。
「大げさですって・・・ああ、そういえば、今更ですけど、貴方の名前をちゃんと聞いてませんでしたね」
「私の名か?お前、忘れたのか?初めに言ったはずだが」
「いや、言ってないですね。俺、聞いてない」
「名乗らぬやつなどおらん。失礼にも程があるぞ」
「聞いてたら名前で呼んでるし・・・まあ、でも、忘れてるって事もあるか。動揺してましたしね」
「外だから日向子と呼んでいるのかと思っていたぞ。ならばもう一度名乗るまでだ。私の名は・・・」
そこまで言って止まってしまった。
「どうしました?」
「私の名は・・・どうしたことだ。ちょっと、まて」
しばし沈黙・・・
ため息をついて日向子は杯の酒を飲み干した。
「すまぬ。名を忘れたらしい」
そう言って、ははは、と笑った。
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