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二人の記憶
「日向子さんも貴方もお酒強いみたいですね。なんか、結構似てるんじゃないですか?前に山本さんが、性格はあんな感じだったけど、って言ってましたよ」
「日向子の記録にもあるが、これは食事や飲酒の記録だろう?数が書いてあったり、名前があったり、これは・・・会社か知り合いとどこかで飲んだのか。まぁ、お前よりは強そうだな」
「これ、俺が見ちゃうと駄目な気がするんで、ちょっと控えてください。プライバシーって知ってますか」
「お、そうか。すまない。いや、そうではなくて、聞きたいことがあるのだ。日向子がこうなる前の手帳の記録なのだけど・・・これだな」
一年前の秋、日向子が気を失って病院に運ばれた、ちょうどその頃の記録だった。
タカギ
その名前は不定期にカレンダーの片隅に小さく記入されていた。
「お前には少し言いにくいのだけど、日向子は誰か親しい相手がいたということはないか?」
「・・・うん。俺もちょっと気になったんですけど」
「入院中も退院後もそれらしい人間は一度も見てないのだ。見舞いや、それこそ連絡なども無い」
「そうですか・・・」
「これな、何年か前のものだろうか。今でも顔を見る人間ばかりだが、この写真だけ少し気になる。理由はわからないが、何かあるんだろうか」
一枚の写真。今時珍しくプリントされているものだ。一見、社内で仲の良い同僚たちと撮った普通のスナップに見える。
「俺も春からこっちだから、昔のことはちょっとわからないんですよね・・・」
「そうだな。悪かった、変なことを聞いて」
そう言って、写真をもう一度箱にしまった。
エレベーターに乗り一階まで降りると、少し足取りが不安な大垣が先に踏み出した。肘を支えながら日向子が続く。
「大垣よ、あの程度で酔うとは情けないにも程があるな」
「面目ない。でも大丈夫です。帰巣本能ありますから」
「まるで犬だな」
「犬、いいですね。番犬になりましょうか」
「無理だ、弱すぎる」
「ひどいなぁ」
「ほら、そこ、段差が」
あ
と、大垣は足を取られバランスを崩し、腕を引いた日向子の方へ倒れ込んだ。日向子はぶつかってエレベーターホールの壁と大垣に挟まれるような形になった。
一点を見つめ、眉間の皺が以前のように深く刻まれた。この一瞬で日向子が元に戻てしまったように見えた。
何度も頭を下げる大垣を見ずに日向子は足元をにらんでいる。
「わかっている、気にするな」
追い払うように帰された大垣は肩を落として駅までの道を歩いていた。
「なんで俺はいつも土壇場で失敗するんだよ・・・」
大垣が去ったエレベーターホールで、日向子の手はふるえていた。大垣に対してではない。二つの記憶がよみがえったからだ。
一つは日向子の記憶。もう一つは、自分の記憶だった。
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