二人の記憶

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「正宗さん」 暗がりから男が一人、日向子の元に走ってきた。 「何でしょうか、もう、こういうのは困るんです」 「すみません。でも、少しで良いからお話しできませんか」 「あの、申し訳ないんですけどできません」 逃れるように走っていこうとした日向子の前に回り込み、その男は日向子の両肩に手を伸ばした。 小さく悲鳴を上げ抵抗されて男は怯む。しかし、その弾みで日向子は倒れてしまった。 ドクン、と心臓が鳴った。 次の記憶は暗闇に遠のいていく男の姿と足音だった。 アスファルトを蹴る靴音。 土を擦る草履の音。 日向子の記憶と、若い侍の記憶が交差した。 「私を斬ったのはあの男だったのか。恨みを買ったんだな・・・なんと馬鹿げた最後だ。男に振られて夜道で襲うような卑劣なやつに斬られたなんてな・・・情けない・・・」 いつも見る辻斬りの夢はその前提があった。 体の大きな年嵩の男は剣術の同門でもあった。体格も剣の腕も差があるが、何故かよく相手をさせられていた。そしてこっぴどく負かされた後、その男の手拭いで汗を拭かれるのだ。 あの日、最後にくれてやった一撃で恨みを買った。顔に傷を負わされ面目が立たない男は、しかし大ぴらに手を出せるわけもなく、新月の晩に辻斬りを装って自分を襲った。 「なんと愚かな奴よ。人に仕えるものとして、誇りの欠片もない。そんな者に斬られた私もまた、愚か者だ・・・」 溜息をつき、日向子の記憶の中の写真の男に目をやる。 その男もまた、日向子に相手にされずに、暴走してけがをさせた。しかもそのまま逃げていったのだ。 どちらの男も自分の保身ばかりだ。 傲慢な男よ・・・ 「私が役に立てるのか。お前の敵をとったら、私は救われるか?日向子よ・・・」
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