侍のような女

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日向子の降りる駅よりも二つ先が大垣の最寄り駅だ。気にするなと言った日向子だが、大垣は駅に着いたとたんすぐに日向子の腕を引いてホームに引っ張り出した。 「日向子さん、もしかして電車ダメなんじゃないですか?」 「いや、問題ない。すこし緊張するだけだ」 やっぱり怪我をしたときの後遺症だろうか。それとも記憶障害の影響だろうか。普段は見えない日向子の様子を垣間見るようで、大垣は胸が痛くなった。 ホームに降りて日向子は背筋を伸ばした。二、三度深呼吸をして整えるといつもの顔に戻る。 「ゆこうか」 「はい」 そのマンションは大通りからすこし入った静かな場所にあった。その五階建てマンションの一番上の角部屋が大垣の家だ。 エレベーターに乗るとまたすこし日向子は緊張しているようだった。 「あの、急に誘ってすみませんでした。家にいきなりとか、ちょっと失礼なことしちゃって、すみません。味噌、すぐ用意しますので」 大垣は自分が警戒されているのだろうと思っていた。 (日向子さん、真面目そうだもんなぁ) 「気にするな。この乗り物が苦手なだけだ。あと、電車も」 日向子はじっと耐えるように三階につくまで天井を見つめていた。 部屋に案内されると日向子は正座をして背筋を伸ばして待った。 大垣の部屋は2LDKで、キッチンが充実している。独身の男の部屋と言うよりは家族向けだ。 冷蔵庫から味噌が入った大きなパックをを出し、戸棚から琺瑯の角容器を取った。しゃもじでパックから味噌を移すと表面をならし、ぴったりとふたをしてから二重にしたビニール袋をかける。丈夫そうな底のついた紙袋に入れて重さを確認してから日向子の前に置いた。 「お待たせしました。大垣家特製の味噌です」 「礼は必ず」 日向子は手をついて頭を下げた。 「いやいや、やめてください。俺の好きでやってることなんで。そんなことされたら困ります。それより、味噌、何に使うんですか?何か作るとか?」 「・・・つけるだけだが」 「あ、そうか。料理、苦手でしたね。あの、じゃもうちょっと待ってて」 大垣はまたキッチンに行って冷蔵庫を漁り始めた。 テキパキと容器から作り置きのものを器に盛ると、トレーに乗せて日向子の前に置いた。
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