侍のような女

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「これ、茗荷と牛蒡の味噌漬け。この味噌でやりました。で、こっちがこの前お弁当に入れた豆腐の田楽。で、実家で穫れたキュウリ。味噌つけて食べてください。はい、ご飯もあります」 「味噌だけでこんなに作るのか?」 「んふふ。俺、料理趣味なんで。あ、食べてて、今味噌汁作るから」 大垣は鼻歌交じりにキッチンで仕事を始める。作りながらリビングをのぞくと、ひとくち入れるごとに悶絶している日向子の姿があった。 「お待たせしました、急いで作ったんで簡単ですけど。蕪の味噌汁でーす。日向子さん、蕪、好きですよね?」 「うむ。蕪、好きだな。味噌汁も好きだな」 日向子は味噌汁の蕪を箸でつまむと一口、また一口と入れた。それはどんどん早くなり、だけど出来立ての熱い味噌汁はなかなか手強くて、ふうふうしながら格闘している。 汁をズズ、ズズ、と、少しずつすすると、目を見開いて椀の中をのぞき、そしてとろけるように大垣を見る。 「旨い・・・」 日向子は大垣の味噌尽くしを堪能し、しばし放心状態になった。 その姿は何かを思い出しているようでもあった。 大垣家の味噌と、手書きのレシピを袋に入れ、二人は駅までの道を歩いた。 「日向子さん、電車、大丈夫ですか?俺やっぱり一緒に乗りますよ」 「いや、問題ない。病院で目ざめてから初めて心から旨いと思う味噌汁を食うた。私はもう大丈夫だ。礼を言う。お主のおかげでやっと生き返ったぞ」 「そんな、大げさな。でも、ありがとうございます。俺もあんなに美味しそうに食べてもらって幸せです」 「では、また明日に」 「はい、お気をつけて」 改札にバシっとカードを叩きつけてぎこちなく進む日向子の後ろ姿を見送った。 自分の作った味噌汁を、心から旨いと思う味噌汁だと言った。 「生き返った、って。そんなこと初めて言われたな」 大垣はマンションまで走って戻った。
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