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秘書課の山本
九月の終わりに上半期の打ち上げ会があった。幹部も総出で、店を貸し切って料理と酒の無礼講となる。
「正宗さん、秘書課に戻ってこないかなぁ」
大垣の隣でつぶやいたのは、いつも社長のお礼状を依頼に来る秘書課の山本だった。
「日向子さん秘書課だったんですか?」
「あぁ、大垣君は今年来たんだもんね。去年の四月に秘書課に移動して、半年くらいかな、まだやり始めでさ。退院したら戻ってくれると思ったんだけど、本人の希望でそっちに戻ったの」
「あの人優秀ですもんね。真面目だし、字も上手いし、たくさん食べるし、強そうだし」
「あれ?大垣君、はまっちゃった?」
「え?いや、違いますよそんな。すごい人だなって言ったんですよ」
慌てた大垣をおもしろそうに見ている山本は、ひとつ、釘を差した。
「でもね、ちょっと難しそう、あの子は。性格はもともとあんな感じだけど・・・」
「・・・・」
「君が思ってるほど簡単じゃないのかもなぁ」
「・・・わかってます、そんなの。わかってますよ」
「世話焼くのは勝手だけどさ。前もそういう社員いたからさ」
「前?彼氏とか、いたんですか?」
「ちがうよ。世話焼いてるうちに好きになっちゃったみたい。振られたけどね、その人」
「会社の人ですか?」
「まあね。でも、結構前の話だよ」
「そうですか・・・」
「ま、頑張ってよ」
大垣はテーブルのビールを飲み干すと、自分でもういっぱい注いだ。温くなったビールと汗をかいたグラスを手に、二つとなりのテーブルで不味そうにつまみを食べている日向子を見ている。
「それより大垣君、料理趣味なんだって?結構みんな話してるよ。すごいマメな男子がいるって」
「ああ、まあ。好きですよ。俺、外食嫌いなんで」
「そうなんだ、じゃあ、こういう席も本当は苦手なの?」
「いや、食事以外は平気です。人とやりとりするのは苦じゃないんで」
「なんだ、そうだったの。皆さ、ランチ誘っても来ないって。もう誘うの諦めてるけどね。外で食べるの嫌なんだね」
「あぁ、まあ、全然ダメって訳じゃないですけど。お弁当を持って来ちゃってるから」
「じゃ、今度予約しようかな。前もって言えば平気だよね」
「あ、はい。それなら」
山本は少しずつ大垣の駒を詰めて行った。角に追い込まれた大垣は、イエスと言うしか道が無くなる。
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