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第10話 向日葵
「いらっしゃいませー」
ディーラーの営業マンが出て来た。健が手を挙げる。
「あ、ちょっとバッテリーとオルタネーター見てもらえないかな。押しがけでここまで来たんだ」
営業マンがふんふんと頷く中、横から千鶴が言った。
「新しい型のビートルってありますか?」
健が驚いた顔をする。
「新しい型?」
「だって、これじゃ四人家族で乗るにはちょっと不安だから」
健の眉がつっと上がり、目が優しく細くなった。顔の皴は一層深くなる。
千鶴は小さく肯いて言った。
「でも、また水色にしようね」
+++
営業マンが脇から答える。
「ビートルはもう作ってないので認定中古車になりますが、ご案内します。確か水色も置いてました。ご覧になる間にバッテリーを見ておきますよ」
営業マンの後を健と千鶴がついて行き、その後を中学生二人が慌てて追いかける。中古車売場の中の屋根のある一角で一行は立ち止まった。 “Das WeltAuto.” の看板の下に、少し洗練された水色のザ・ビートルがあった。
「こちらなんですが、ちょっと資料持って来ます」
営業マンが足早に立ち去り、それを確かめた葵が堪りかねて千鶴をつついた。
「ねえ、どうなってるの?」
千鶴に代わって健が答えた。
「お母さんはね、若い頃からひまわりが大好きでね」
「お母さん? ウチの?」
日向と葵はきょとんとしている。健は二人を見たまま続ける。
「生まれて来た双子の子どもに『ひまわり』って名前を付けたんだ」
「双子に同じ名前? 誰の話?」
二人の中学生は訳が判らない。健は更に続けた。
「『ひまわり』を漢字で書くとね」
健はペンを取り出し、水色のザ・ビートルのワイパーに挟んであった紙を外すと、裏返してボディに置き、大きな字で書いた。
『向日葵』
「二つに分けてごらん」
日向が叫んだ。
「えー? えーー? 日向と葵…」
葵も呆気にとられた。そう言えば誕生日、同じだった。
健が続けた。
「そう。キミたち、二人で『ひまわり』なんだ」
「ってことは…」
日向が呟く。
「言わないで! 言わなくていい」
葵が遮った。なるほど、そういうことね。波長が合う筈だよ。これで変だった点がみんな繋がった。ホントはあたしにとっては冗談じゃない話だ。だって彼氏候補が吹っ飛んじゃったんだもん。
だけど、だけど二人の誕生日に、その二人にとってとんでもないものが降って来たんだ。嬉しいような心が痛いような・・・、あ、お母さんの予報通り?
葵は大きく肯くと健の手からペンを取った。そして『向日葵』の字の後に『号』の字を書き足す。
「新しい車の名前、これでいい?」
千鶴がハンカチで目を押さえる前で、葵はその紙をワイパーに挟み、日向に笑いかけた。
「もう子どもが押さなくても大丈夫みたいよ」
健と千鶴は照れ隠しに下を向いた。
【おわり】
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