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第2話 気になる子
その葵は文字通りの迷路を探検していた。母を置いて歩いてきたので前後には誰もいない。背丈以上のひまわりばかりで、周囲を見渡すこともできない。しかし、葵は自信を持っていた。太陽の向きを考えると、こっちが海の方向の筈。ひまわり畑の端っこからは海が見通せるのだ。それがこの迷路をクリアした者へのご褒美でもある。
感覚的にひまわりの層が薄くなっている。この先の十字路を直進して、その先を右に行けばきっと…。葵は駆け足になった。その途端・・・。
「うわっ!」
「ごめんっ!」
十字路の横から突然つんのめるように飛び出してきた人と衝突し、葵はひまわりの根元に転がった。
「いったーぁ」
「大丈夫?」
葵を覗き込んだのは同じ位の歳の男の子。
「ごめんごめん、怪我した?」
葵は起き上がり、シャツとパンツの土を払う。葵は膝頭を擦りむいていた。
「あー、怪我してる」
男の子は心配そうに葵の足を見た。
「ね、もうちょっとだけ歩けるかな。そこを右に行ったら迷路の外にベンチあるから、そこで手当てするよ」
葵はちょっと照れた。この人、なんかいい感じ。優しいし波長が合いそうな予感。ラッキーかも…。
「うん」
小さく返事をして葵も歩き出す。男の子はぴったり寄添ってくれる。
「痛い?」
「うん、大丈夫。全然歩けるし」
男の子の言った通り、そして葵が予想した通り、右に曲がると大きな海が見えた。
「出た!」
「ね。言った通りだろ。俺、時々来るからここのマイスターなんだ」
「マイスター?」
「うん。達人ってこと。そこ座って」
男の子に言われるままベンチに座ると、彼はリュックからミネラルウォーターを取り出した。
「ちょっと沁みるかもだけど我慢我慢」
言いながら葵の膝がしらにミネラルウォータを掛ける。つ、つめたい…。
続いてティッシュで軽く水気を拭き取ると、大きな絆創膏を取り出して、葵の膝がしらに貼ってくれた。とても自然な動作だった。
「有難う。慣れてるのね」
「うん、まあね。俺、転びやすいから」
「ここの近くに住んでるの?」
「うん、車で30分くらい。君は?」
「私は電車とバスで凄いかかる。今朝も8時に出て来た。坂巻市だから」
「坂巻・・・」
それは隣県の市だった。
「そんな遠くからわざわざ来てんだ」
「うん。テレビで見たの。すっごーいって思って」
「一人で来たの?」
「ううん。お母さんと一緒に来たんだけど、お母さんは外で待ってるって」
頷きながら男の子は葵の膝がしらをそっと見た。
「ふうん。あの、ホントにごめんね、こかしちゃって」
「ううん、もう大丈夫。かすり傷だし。あの、えっとあなたは何て名前?」
「あ、俺は小谷日向。中2だよ」
「わ、一緒だ」
葵はときめいた。ぶつかって結ばれるってコミックの定番だ。
「キミは?」
「若宮葵。ヒナタって名前、男の子でもいるんだねえ、どんな字?」
「日に向かうだよ」
「わ、あったかそうな名前だね」
「夏に生まれたからね」
「へぇ、いつ? お誕生日」
「8月17日」
途端に葵は目をまん丸くした。
「うそ、一緒だ!」
「ホント?」
「そ。あたし、獅子座の割に貧弱だってよく言われる」
「へぇ。俺もだよ。獅子はそんな転ばねぇだろって」
「さっきみたいに?」
「うん。父さんに似ちゃったみたいでさ、でも俺は2本足だけどライオンは4本だろ。較べるのはどうかと思う」
葵は笑った。確かにその通りだ。それにしても同じ誕生日って、やっぱ波長が合う筈だ。恋愛運だって同じなんだ。葵が期待を膨らませたところに日向が言った。
「あのさ、怪我させておいて何を調子のいい事って思うかもだけど、また来週ここで会わない?」
「来週?」
「うん。ちょうど誕生日の週だからさ、一緒にお祝いしよう。ここが気に入ったからまた来たいってお母さんにねだったら大丈夫じゃない?」
誘われちゃった…。これもデート?
内心踊り上がりたかった葵だったが、ここは簡単に喜んではいけない。そう、女は安売りしちゃいけないってネット小説に書いてた。
「うーん、どうしよっかな」
二つ返事と思い込んでいた日向は心配顔になった。
「な、なんかまずいかな。もう彼氏がいるとか?」
「ううん、そんなことない」
「俺、ちょっと軽すぎるかな?」
「そうねぇ」
「なんかさ、葵ちゃんって、俺めっちゃ親近感湧いてるんだ。いつもは女の子にこんなこと言ったりしないよ。本当に、こんなのは初めて。トクベツ」
必死で言い訳する日向が葵は可笑しくなった。もういいや、勘弁してあげよう。
「トクベツならいいよ」
「ホント?」
「うん。来週の今日って土曜日?」
「そうだね、同じくらいの時間で。念のためにスマホ出してよ。連絡できるようにしないと雨とか降ると大変だし」
プレゼントはお互いだからチャラ? 葵は考えながらスマホを出した。
その時、後ろの方から男の人の声が聞こえた。
「ひーなたぁー! どこだぁ!」
「あ、父さんだ。じゃ、また来週。帰り道、判る?」
「うん。外側回ってく」
「そっか。じゃね。約束だよ」
日向は手を挙げて微笑むと、『はいよー』と叫びながら迷路へと戻っていった。
ふふん。まだ彼氏じゃないけどボーイフレンド出来ちゃった。あ、この絆創膏、お母さんが不思議がるかな。今日の所はまだ秘密だ。幾らなんでも軽すぎる。どう言い訳しようか。
思案しながら葵はひまわり畑の外を母の元へと歩いて行った。
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