第6話 運転見合わせ

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第6話 運転見合わせ

 一方の若宮母娘は呆然としていた。駅の掲示板には 『保安装置故障のため運転見合わせ中 運転再開は未定』 と表示が流れている。 「お母さん、どうするの? 帰れないじゃん」 「うーん」  千鶴も答えようがない。 「あのまま送ってもらえばよかったのに。頼んでみようか?日向クンに」 「やめてよ。知らない人には頼めない」 「知ってる人だよ」 「大体、なんで葵が連絡できるのよ」 「だってさ、・・・」  葵も詰まった。 「だってさ、ひまわり畑で迷子になった時に助けてもらえるように、前に来た時、スマホ聞いたんだもん」 「危ないから消して頂戴」 「なんで危ないのよ。いい人だって言ってるじゃない」  千鶴はぶすっとして横を向く。そのまま母娘は沈黙してしまった。 +++  水色のビートルは駅に戻って来た。駅前のタクシーは出払っている。 「ちょっと俺見て来るから」 「ああ」  後部席から日向が飛び出す。  駅の構内は混雑していた。掲示板を見上げる人、スマホで電話している人、駅係員も接客に大わらわだ。日向はその人々を透かして見ながら、構内を歩き回った。そして、  あ、いた!  葵とその母が隅っこのベンチに座り込んで消沈している。 「葵ちゃーん!」  日向が駈け寄ると葵の顔がぱっと明るくなった。 『ひまわりが咲いたみたいだ・・・』  日向はドキドキ感を隠しながら母娘の前に立った。 「あの、電車止まってるでしょ。父さんが送るって」 「ありがとう!」  葵が立ち上がり、日向はひまわりと向かい合った。  千鶴は観念した。断る理由が何もない。自分で自分を追い込んでしまった。千鶴は日向にぼそっと言った。 「すみません。ごめんね」  葵の顔は一層輝いた。  手を取り合わんばかりの中学生の後ろを、千鶴は死刑囚のように歩いた。どうしよう、また言われたら。  今度は聞こえないフリは出来ない。さっきの健の口の形・・・。私だってそう望んでいるんじゃないの? でもどの(ツラ)下げて『YES』って言える? 葛藤が千鶴を押しつぶし、顔が下を向く。 「お母さん!早くー」  葵が叫んで、後部席に潜り込んでいる。千鶴が近づくと、運転席から出て来た健が助手席のドアを支えてくれる。そして手にしていた麦わら帽子を千鶴に差し出した。 「窓がUVカットじゃないんで、よろしければお使い下さい」  おずおず帽子を受け取った千鶴の心の震えを煽るようにビートルのエンジンも震え、始動した。
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