8 葦毛の子馬亭

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8 葦毛の子馬亭

 ヘルネールは、小さな町だった。  城門の前で馬車が止まり、乗客は馬車を降りて門前で検問を受けた。  門番に旅手形や証明書を見せると、軽く頭を下げ人々はどんどん門をくぐっていった。  あまりに列の進みが早いので、シュゼットは首を傾げながら列の先頭を覗き込んだ。  なんと検問役の門番は、いすに座ったまま居眠りをしていた。 「旅手形を見せて名を名乗り、あいさつをして町へ入るのがきまりだ。門番がそれを見ているかどうかは問題じゃない。俺たちは、規則通りに振る舞って、礼儀正しく検問を受けた――ってことだけが大切なんだよ、灰頭巾さん!」  シュゼットの前にいた研ぎ屋風の男性が、片目をつむりながら言った。  シュゼットは、なるほどと思ったので彼に笑顔を返した。  教わったとおり、気持ちよさそうに眠っている門番に、冥婚の証明書を見せ会釈をしてから町へ入った。門番がもぐもぐと口を動かしながら、「こりゃ旨い」とつぶやいたのでびっくりしたが、寝言を言っただけだった。  シュゼットは、とりあえず町で唯一の神殿を尋ねることにした。  神殿は泉のある広場の裏手に、ひっそりと建っていた。  建物は、礼拝堂と小さな居館だけで宿泊所は見当たらなかった。この神殿に宿泊するのは難しそうだったので、礼拝をすませたら宿屋を探すことにした。  礼拝堂の中では、神殿長と思われる老齢の男性神官が、燭台のろうそくを代えていた。  彼は、すぐにシュゼットに気づいて、親しみやすい笑顔を浮かべながら声をかけてきた。 「これは、これは、灰頭巾さんがお越しとは! さあ奥へどうぞ。心ゆくまで祈りを捧げなさい、あなたと亡き人の魂のために――」  シュゼットは、老神官から言われるままに礼拝堂の奥へ行き、いつものように指輪と氷炎石を両手で包み祈った。  祈り終えたところで、老神官に喜捨の包みを渡しながら、それほど期待せずに、巡礼者が利用できそうな宿はないか尋ねてみた。すると、意外な答えが返ってきた。 「広場の近くに、『葦毛の子馬亭』という小綺麗な宿屋があります。そこの女将のイルゼは、灰頭巾だったことがある人で、巡礼者にはとりわけ親切にしてくれますよ。一階の食堂では、この先のブローリン川で獲ってきた新鮮な魚を出してくれます」 「『葦毛の子馬亭』ですね? ありがとうございます。さっそく訪ねてみます」  シュゼットは、老神官に礼を言って神殿を後にした。  この神殿にも、妖精の気配はなかった。老神官が一人で切り盛りしているような小さな神殿では、いろいろと手が回らないのだろう。  リベタのような気が利く手伝いでも雇えば、庭に妖精が集まるようになるのに――と思いながら、シュゼットは、神殿の花壇のろくに伸びずに枯れかけたヒマワリへ目をやった。 (えっ!?)  こぼれ落ちかけたヒマワリの種に、小さな妖精がしがみついていた。  妖精は、もぎ取った種をどこかに隠すと、大急ぎでシュゼットのところへ飛んできた。  そして、道案内をするようにシュゼットの前でくるくると回り始めた。
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