5 赤頭さん①

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5 赤頭さん①

「まあ、シュゼット様! わざわざとりにいらっしゃらなくても、こちらからお運びしますよ!」  厨房の裏口からひょっこり顔を出したシュゼットに、前掛けで手を拭きながら料理人のイベッタが声をかけた。  厨房の配膳用のワゴンの上には、離れに運ぶ三人分の食器がすでに並べられていた。  平民上がりのシュゼットは、伯爵一家と一緒に食事をすることは許されず、離れで食事をとることになっていた。もちろん、シュゼットのたっての希望で、ミルッカとオラヴィも彼女と一緒に食卓を囲んでいた。 「そうではないの、イベッタ。夕食は、ミルッカとオラヴィの仕事がすんでから取りに来るわ。わたしは、『赤頭(あかがしら)さん』にお別れを言いに来たの。食料貯蔵庫に入れてもらえないかしら?」 「シュゼット様……、本当にお屋敷を出て行かれるのですね。先ほど、離れから運び出された家具が荷馬車に積まれるのを見ました。ずいぶんと慌ただしいことだなと思っておりましたけど……。ようございますよ、食料貯蔵庫の鍵を開けましょう」 「ありがとう、イベッタ」    シュゼットは、イベッタの後について厨房の奥にある食料貯蔵庫へ向かった。  イベッタは鍵を開け、扉を開くと手前の棚に置かれた小さな燭台へ灯りを点した。 「わたしは、ずっと『赤頭さん』なんて迷信だと思ってました。でも、シュゼット様が赤頭さんにお供えをするようになってから、明らかにこの貯蔵庫には、よい食材が集まるようになりました。できましたら、シュゼット様が去られた後もここにとどまってくださるよう赤頭さんにお願いしてくださいませんか? わたしがお供えを続けますから」 「わかったわ、よくお願いしてみます」  イベッタが外に出ると、シュゼットは静かに扉を閉めた。  燭台を持って、積まれた木箱や酒樽の間を抜け、貯蔵庫の奥へと進んでいった。  そして、チーズや乾物、香辛料の缶などが並ぶ棚のわきの壁に、小さなねずみ穴のようなものが開いているのを確かめると、厨房でもらったチーズを載せた小皿をその前に置いた。 「コピーナさん、コピーナさん、シュゼットが、チーズをお届けに参りました。わたしは、明日この家を出て行きます。最後のお供えですから、よろしければ姿をお見せくださいな」  シュゼットが穴にむかって呼びかけると、そこから、手のひらに載るぐらいの小さなものが飛び出してきた。  綿菓子のようにふわふわとした髪は真っ赤で、まるで炎のように揺れている。  この家精(かせい)が、「赤頭さん」と呼ばれる由縁である。  指人形のように愛らしい赤頭さん――コピーナは、小さな声で言った。 「シュゼエト、シュゼエト、明日、この家を出て行くって本当かい?」 「本当です。今日は、コピーナさんにお別れを言いに来ました」 「シュゼエト、シュゼエト、たまには会いに来てくれるかい?」 「残念ですが、もう二度とお目にかかることはないと思います」 「シュゼエト、シュゼエト、……悲しいことを言うんだね」  赤頭さんは、食料貯蔵庫などにすみつく家精だ。  お供えを続けると、その家が食べ物に困らないように力を貸すと言われている。  昔は、姿は見えなくても存在を信じる人々が、貯蔵庫や厨房に彼らのための供え物を置いていた。  しかし、いつの間にかそんな古い風習は廃れ、今では赤頭さんへ供え物をする者もまれになった。
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